国籍は天に ~ 短期ミッションボランティアで東南アジアを訪問して ~

齊藤 礼子(大学生)
 私は、9月から10月にかけて2週間、ウィクリフのミッションボランティアで東南アジアの塚田宣教師のお宅に滞在してきました。宣教師の先生のお家で子どもたちのホームスクーリングを手伝い、勉強を教えてきました。また、宣教師ご家族とともに現地の村の礼拝に出席したり、ウィクリフの聖書翻訳の働きを見学させていただいたりしました。
子どもたちとの日々の学習は、新しい発見と気づきにより、とても充実したものとなりました。彼らは豊かな自然の中で動物の世話をしたり、遊びの中で数の概念を身に付けるなどして、日々の生活の中で多くのことを学んでいました。私も共にチャボの世話をしたりしながら、本当の学びの豊かさを知りました。書道、数学、社会、音楽、美術などの教科を日々の生活や遊びと交えて教えていくことができました。今も彼らと連絡を取り合っていますが、教師としてではなく、よき友とお互いになれたことに心から喜びを感じています。私の賜物を最大限に活かしてくださり、祈り求める度に知恵を与えてくださった神さま、本当にありがとうございます!このような素晴らしい機会に感謝の気持ちでいっぱいです。
 礼拝は、お世話になった宣教師夫妻が奉仕されている教会で2回守ることができました。たくさんの笑顔にあふれた素敵な教会でした。現地の感じで開始時間が遅れるなどとても大らかでしたが(笑)、皆さんとても親切で礼拝前には皆、全員とあいさつの握手を交わしていました。私も「スラマッパギ」や「マカシ」などと笑顔で挨拶をしながら手を取り合いました。礼拝は賛美と祈りが多く、言葉はわからなくても、同じ神さまを見上げているという実感がこみ上げてきました。
 礼拝後、中高生の男の子や女の子が初めて来た私に話しかけてくれて、身振り手振りや笑いを交えながら、いっぱいお話をしたり、外で円になって一緒に賛美をしました。本当に素敵な時でした!彼らはとても陽気なのです!大きな愛と笑顔で受け入れてくれました。同じ神さまを賛美出来て一緒に笑いあえる恵みってなんて素晴らしいんでしょう。
今まで私は、国外宣教の大切さをあまりわかっていませんでした。まず置かれているこの地、日本のほうが大切では?と思い、外国へ伝道に行く大学生などに疑問を感じていました。しかしそんな私が主のあわれみによって、宣教の働きに加えさせていただけたのです。ある言葉が、私を揺さぶりました。聖書翻訳の働きを見学させていただいた際のことです。訪ねた教会でお昼ご飯を頂きました。塚田宣教師と一緒に日本語で感謝の祈りを捧げました。その時近くにいたその国のおじさまが笑顔で言ったのです。「僕も天国に行ったらわかるね。」私はその時はっとしたのです。なぜかわからない感情で泣きそうになりました。御国ではみんな一緒なのです。どこの国の言葉で祈っていてもみなわかるのです。みな同じ、神に愛された神の家族なのです。私たちはまた天国で会える、天国で同じように祈りをささげることができる。その喜びをこの地上にいても感じることができる恵みに感謝しました。国境は私の心の中にあったのです。これからも宣教の働きのため祈り続けます。ハレルヤ!
 「私たちの国籍は天にあります」
(『聖書ほんやく』2019年4月1日発行 No.257 掲載記事)