フィリピン、ダヴァオ市から、国境を越えた現地へ行き来しながら、アルネ語聖 書翻訳の働きを継続しています。
2月から3月にかけて、アルネ語地域を訪問、村の教会の年次総会に招かれ、祈り のサポート継続などを確認できました。帰途、モイ兄、ナプセ兄とドエ兄、計 3 人のアルネ人とダヴァオ市へ、3月中にルカの福音書のコンサルタントチェック 終了予定。
以降の予定は、アルネ文法の改訂、ヨハネ黙示録、1-3ヨハネの手紙、ヤコブの 手紙の改訂で、8月に黙示録のコンサルタントチェックをする予定です。5月はじ めに、チームリーダーのモイ兄が、A町にアルネチームを集めて、1週間の報告会 兼キャッチアップミーテングをします。2人の新人翻訳者は、2日かけて A町に やってきます。6月には、バリで2年に一度の支部総会があり、孝子と勇新は代議 員として出席します。モイ兄は、1月の豪雨で借家が床上浸水し、急きょ、ル ピー町のアルネ人地域に家を建てています。天井なし、カンナもかけていない板 張りの質素なものですが、自家製セプテックタンクを備えた、水洗式の清潔なト イレもあり、快適なものです。
<近況>7月に、家族でフィリピンのダヴァオ市に移動し、そこからアルネ語聖書翻訳を継続。国境を越えての活動になりました。
<祈りの課題> マタイの福音書出版準備中です。ルカの福音書のコンサルタント審査にむけ、最終原稿の準備中です。
アルネ語チームのチームワークのために: 4人の母語翻訳者と私たち夫婦がチームです。モイ兄(S島P町)、ナプセ兄(A島A町)、ヨハン兄とマンエ兄(S島RR村)。
マクロチーム(4人で複数言語の働き)の働きのために: S島の近隣6言語の母語翻訳者たちの翻訳者訓練中。A町に、民家を増改築して、法人事務所、翻訳者訓練センターとマクロチームの事務所を兼ねた建物がほぼ完成。
これからの計画のために: 私たちがA町まで行ったりきたりして活動。またモイ兄とナプセ兄がダヴァオまで来て、滞在し、翻訳チェックを進める予定。信仰、お互いの信頼、安全、健康、忍耐が与えられるように。
モイさんの家族(奥さんのメイさんと6人の子供たち)のために(注: 国名は、伏せてあります。言語名以外の人名、地名は、母語翻訳者の保安維持のため変えてあります)。
日本ルーテル同胞教団 秋田中央キリスト教会(若松史志牧師)、同教団海外宣 教部(片桐進部長)ほか、教団外の有志の諸教会、個人の支援者
| 1984年4月 | 奉仕先へ赴任 |
| 1983年 | アメリカより帰国、教会訪問 |
| 1981年 | 訓練でアメリカへ |
| 1980年 | 日本ウィクリフのメンバーとなる |
町でも、父親の建てたヤシ葺(ふ)きの粗末な家に住み、親の援助は、教科書代、制服代くらいで、食料は畑を耕しながらの自給自足に近いです。電気もないので、日のあるうちか、早朝、勉強します。
この日、あやうく壊れた橋から、バスもろとも転落するところでした。みなさまのお祈りにより、神さまは、私たちをこのときの危険からも守ってくれました。通常、この乗り合いバスで、州都A市からS島の北海岸のT町まで10時間、その日はそこで1泊。翌朝、小さなバスで、山の中腹のB村まで上り、そのあと目的のRR村まで4時間、ジャングルの山あいを歩きます。
ヨハンドさんと出エジプト記の翻訳チェック
使徒の働き分冊は、「教会の誕生と成長の記録」として読まれています
この国では普通の楽譜ではなく、数字の楽譜を使います。
5つの手紙とは、1,2テサロニケ、1,2テモテ、テトスです。村では、これまでの分冊のベストセラーになり、再版を検討しています。表紙は、家内が描きました。