主にあっていつもお祈り下さりありがとうございます。2006年11月?2月の第 1週までニューブリテン島の村に入りました。ワシラオ村にあって、使徒の働き、第 一、第二コリント人への手紙、エペソ、ピリピ人への手紙、ローマ人への手紙のビ レッジチェッキングを行いました。その後、ラバウルのセンターでは、使徒の働き、 第一コリント人への手紙のコンサルタントチェックをしていただきました。お祈りを 心より感謝いたします。
宣教の主の御名をたたえます。 いつもアタ語聖書翻訳の働きの為にお祈り下さり、又お支え下さりありがとうござい ます。私は8月14日にウカルンパのセンターに帰任しました。8月、9月の「ローマ人 への手紙」の研修会も守られて村から来て下さった方々も村に帰りました。 11月には、私達は、「使徒の働き」、「第一、第二コリント人への手紙」、「ピリ ピ人への手紙」、「エペソ人への手紙」、「ローマ人への手紙」、「第一、第二ペテ ロの手紙」の村人との審査を行います。 又、来年1月には、「使徒の働き」、「第一、第二コリント人への手紙」のコンサ ルタントの審査を行います。 日本ウィクリフ事務局で働いている言葉、アメリカのウィクリフ、航空部門で、ア ルバイトをしている羊助の家族の為にお祈り下さい。2人の母の救いの為にもお祈り 下さい。
年末から2月1日まで、日本に帰国していました。群馬県のお母さんと時を過ごしま した。2月・3月と、ウカルンパでマタイの福音書、ローマ人への手紙のチェックを行 います。アメリカに いる羊助くん、東京基督教大学に在学中の言葉さんも覚えてお祈り下さい。
昨年のクリスマスは、ワシラオで村の子どもたちと菅姉と一緒に過ごしました。村の子どもたち(2歳一10歳)は日本語で、「きよしこの夜」を歌いました。アタ語を話す子どもたちは、みな賛美歌が大好きです。そして上手にそれぞれのパートを歌うことが出来ます。日本語のクリスマスソングも直ぐに覚えてしまいました。イエス様の御降誕をお祝いする心が、賛美によって神様にささげられるすばらしい一時でした。又たくさんのクリスマスソングがアタ語に翻訳され、子どもたちが心から神様に賛美をささげられるようにと願っています。
* アタ語のプロジェクトのために。ともに労している久米さん、菅さん、新しく加わったタイからのメンバー、アノンポンさんの為に。 * 日本で学んでいる長女の言葉(ことは)さん(80・2生)、アメリカで学んでいる長男の羊助(ようすけ)君(82.9生)のため。 * これからのことを考えていくときに知恵が与えられますように。導きを確信して動けますように。 * 故橋本さんと千代子さんの両方のお母様のためにお祈りください。二人のお母様が健康が守られ、福音に心を向けることができますように。
今年の4月に任地にもどりました。健康が守られ、村の方々と良い交わりが出来て仕事が進むように。 体力の低下を感じています。主の助けをいただいて奉仕をできますように。
日本福音キリスト教会連合前橋キリスト教会
| 2001年4月 | 千代子夫人、パプアニューギニアへ |
| 2000年 | 千代子夫人、日本に戻る |
| 1997年4月 | 千代子夫人が働きを継続するため、パプアニューギニアへ |
| 1997年1月 | 橋本一雄さん昇天 |
| 1995年 | 新約各書の翻訳が進む |
| 1994年 | 地域の小学準備校がスタート |
| 1994年1月 | 第3期のためパプアニューギニアに着任 |
| 1992年7月 | 第2期終了、帰国 |
| 1992年 | 創世記、アタ語の賛美歌出版 |
| 1990年 | 文法の論文完成 |
| 1989年 | 音韻論の文法完成 |
| 1987年6月 | 第2期目のためパプアニューギニアに着任 |
| 1986年8月 | 第1期を終了、帰国 |
| 1986年 | 創世記の翻訳に入る |
| 1985年 | ヨナ書完成 |
| 1984年1月 | アタ語のプロジェクト地域に住み始める |
| 1983年 | パプアニューギニアに着任 |
| 1979年 | 日本ウィクリフのメンバーとなる |