ドキュメント

みことばの戸が開くと、虎川清子、1984.9

「主人がすっかり変ってしまいました。あんなに私をパカに していたのに、今はもう毎日でも聖書研究をしたいと言って います。」

ダガミはうれし涙を浮かべてポーチのベンチにすわると、一 気に報告してくれました。彼女は読み書きが少ししかできな いのに、毎日曜ごとに聖書研究に出席して、マルコ伝を学ん でいましたが、ご主人に話すといつもけなされていました。 高校を卒業したご主人のフリアンは物知りで、村では「哲学 者」とあだ名をつけられていました。彼は休まずに聖研に行く 奥さんのダガミに「お前が行ったって何が理解できる。 無駄だ」といつも小言を言っていました。  

バイブル・カンファレンス

去年の4月に、新約聖書の翻訳が終り、教会ができ、牧師に なる方も起こされたナトーニソという村で、バイブル・カン ファレソスが開かれました。ダガミは、コーヒー豆や米を頭 にのせて町の市場まで売りに行き、費用を準備し、村の他の 人々数人と一緒に参加しました。彼女は聖書(ルソン島の共 通語の一つであるイロカノ語で書かれている)をよく読むこ とができませんでしたが、お話をよく開き、イエス様に従う 決心をして帰ってきました。その時から彼女は、お話して下 さった牧師か誰かが村に来て自分の家に泊まり、主人に話し てくれるように祈り始めました。

9月に、その牧師と神学生の方がアシパングラン村に釆て、 彼女の家に滞在することになりました。他の家に泊るはずだ ったのが、彼女の家が飛行場に一番近いので、変更になった のです。フリアンは、村の慣習に従い、親切にお客様方をも てなし、夕食後にはよく、その日のお話でわからなかったこ とを個人的に質問しました。

9月のこの集会は、村で聖書研究を、家庭で始めるために、 5人のリーダーを訓練してもらおうと、ベル姉と私が計画し たものですが、5人の予定のところに50人以上の人々が村 の小学校に集まったのです。

フリアンは、お客様を会場の教室に案内したり、夜の集会の ケロセンランプの世話、映画のための発電機運びなど、よく 手伝いました。二部屋しかない彼の家で、毎晩その牧師達が 隣の部屋でバランガオ語(牧師の母語)で祈るのを聞いてい たそうです。そして彼の聖書研究に対する態度がすっかり変 ってしまったというわけです。牧師達が帰った後、彼は部屋 の中が暗いので、日中はヒマがあるとポーチで、夜はケロセ ンランプの下で、熱心にマルコ伝を読み続けました。自分の 家を聖研の会場にし、奥さんと交代で近所の人々に連絡して、 毎週水曜日に聖書を学んでいました。10月に私とベル姉が、 強盗にはいられて、村を出なければならなかった時、事情を 知らされなかった彼は私達に、「あなた達が行ってしまった ら、家の聖研はいったいどうなるだろう」というのでした。 いつもどれることになるのか、わからなかった私達は、「2、 3週間したらもどると思うから、他の皆と聖研を続けてね」 と言って緊急フライトに乗りこんだのでした。5ケ月も村に もどれなくなるとは思ってもみませんでしたので、私達は、 フリアン達と聖研の仲間たちがどうなってしまったか心配で、 センターの方々にも祈りの助けをお願いしました。    

フリアンの変化

今年の3月にやっと村にもどれた時、フリアンは、夜間外出 禁止の状態になった村で、週日の午後に、近所の人々に呼び かけ、自分よりもよく知っている人を呼んで聖研を続けてい ました。そして私に、英語のでもいいから、コソコルダンス のポケット版を買ってきてくれるように頼みました。神様の 愛について、救いについてもっともっと知りたいからという ことでした。

4月に、村に一番近い町(歩いて4、5時間)から、牧師・ 信徒伝道師・神学生の方々が奉仕に来て下さり、その集会で フリアンは主を心に受け入れ、前に出て行きました。彼と聖 研のメンバー達が交代で家を開放し、毎週聖研をしています。 村の中で、遠い所に住んでいる人々も聖研を始め、フリアン は、水牛を途中の山の中につなぎ、その集会にも顔を出して います。    

ホワニトの変化

彼は、フリアンが出かけるようになった遠い所に住んでいる 村の役員の一人で、聖研は悪いことではないと、いつも出席 するようになっていました。彼は,歯がいつも痛かったり、 頭痛があったりもして,苦虫をかみつぶしたような顔をして いました。ところが,この4月の集会で、神学生の賛美に手 をたたき、足を踏みならして一緒にうたうようになり、彼も 主に従う決心をしました。村の人々は彼の顔の変りように、 皆びっくりしています。みことばが人々のことばになる時、 心に届き、「みことばの戸が開くと、光が差し込み」(詩篇 119・130)人々は変えられていきます。ルソン鳥(フィリ ピン)の北のリモス・カリソガ語を話す人々は今、マルコ・ ョハネ・ルカ伝・使徒の働きを聖研のテキストに使うことが できるようになっています。