ドキュメント

カルカル島体験記、高田正博、1987.1

「私の家族でカルカン島というところに行きました。 そして、いっぱい寝ました。いっぱいお友達ができま した。夜になるとお父さん達が村の人と聖書を読みま す。おうちには電気はありません。でもランプはあり ます。村の人がバナナやパイナップルをいっぱいくれ ました」

これは長女(7才)が訓練中の小さな村での生活体験 を日本のおじいちゃんに書こうとした手紙の一文で す。娘の目にもカトムの人々は親切で温かく、教会の教 えに厳格な人々でした。ルーテル派に属するカトムの 人々は訓練を終えて引き揚げる私達を旧知の友を見送 るかのように涙をもって送り出してくれたのです。 「私たち力トムの会衆は、あなた方を日本の教会の人々 と共に、私たちと同じ思いで聖書翻訳を待っているイン ドネシアのマルクに派遣する。私達は貧しく、多くの ことはできない。」

村の代表者は目に大つぶの涙をうかべながら、一枚 の封筒をそっと私の手に握らせたのです。中には、成 人の約一週間の労賃にあたるお金が同封されていたの です。その時、私は私達をインドネシアに通わして下 さる祈りの輪がパブア・ニューギニアの小さなカトム の村こも拡がったことを強く感じたのです。同時に、 貧しさの中から、見たことのない人々の救いを願い、 献げ、遣わす喜びを知っているこの人々に、ここパブ ア・ニューギニアで出会えたことを主に感謝せずには おれません。      

カルカル島宣教

今から約100年前、ドイツ・ルーテル派の宣教師が嵐 の中、カルカル島こ流れつき、それが一人の青年の回 心を生み、この島をルーテル派のクリスチャンの島に します。この青年の子孫が作る同族部落がカトムの村 だったのです。この島から多くの伝道師を本島にも送 り出したといわれ、それがこの村の人々の誇りでもあ ります。

「私達はそれまで海に住む精霊、森の中の精霊を恐れ 信じていた。しかし今は大地を造られた全能の神を知 っている」

村の指導者のこのことばに万事を益とする御方の真 実を見る思いがしたのです。そして今、村の人たちは 自分達のことばの聖書が一日も早く完成するのを待っ ているのです。悲しみや苦しみ、恐れ、驚き、怒り、 そして感謝や喜びや賛美等、心の内を自由に注ぎだせ るのは、村のことばタキアの他にはないからです。

少数部族の悲しみと期待

パブア・ニューギニアやイントネシア、また世界の 少数部族の悲しみは、多数の力の前で彼らの土着の歴 史や文化が無視され、あるいは否定されてきたことで あり、まして、自分の心の内を自由に注ぎ出し、さぐ ることばさえ無視されてきたことに他なりません。こ のことは、はからずも聖書の伝える福音の奥義を正し く伝達できない要因にしているのです。この国の奥地 にまで物質文明の波がしぷきを上げはじめ、人々の心 を捕えはじめました。今こそカトムの人々が、そして 多くのパブア・ニューギニアの主にある兄姉が自分の ことばの聖書を手にし、それによって感動し、動かさ れることのない信仰を確かにされる必要があるのです。 聖書翻訳の働きを通してこれらの人々が「イエス・キ リストを信じる信仰による神の義」を得、「神の恵み によりキリスト・イエスによる贖いのゆえに値なしに 義と認められる」という福音の奥義に到ることができ るように願わざるを得ません。(カトムの村の人々の言 語タキア語のために、米国のメソバーが奉仕していま す)