第16回フィリピン宣教地体験学習旅行

フィリピン宣教地体験旅行を通して

召田あゆみ

写真、事務所にて。 宣教地体験旅行を通して、神様が私の期待を超えて多くのことを見せて、教えてくださったことを心から感謝します。 旅に行く前の私は、神様をすごく小さくとらえていました。神様が私にしてくださったこと、それが神様の力のすべてであるかのように思っているところがありました。また、私の知らない人に、知らない場所で働かれる神様なんて正直言ってピンときませんでした。そんなふうに思っていたくせに、「いや、神様はもっとでかい方だろ」という思いもあり、その'神様の大きさ'を知りたいと思ったのが、この旅に参加した一番の理由でした。そんな私の願いに、神様は大きく応えてくれました。今、私は神様に向かってただ「あなたはすごい方ですね!大きいっすね!」と言うことしかできません。

キリストの大きさ

今回の旅は、私にとって初の海外旅行でした。どんな旅になるのか、はっきり言ってまったく予想がつきませんでした。 フィリピンでは、センターでも村でもどこに行っても、もちろん私の知っている人は一人もいませんでした。けれど、みんなとても温かく迎えてくれました。そんなことを通して「あ〜、私たちは主にある兄弟姉妹なんだなぁ」と、ふと感じました。私の全く知らない地で全く知らない人々が、同じ方を信じている。このことを目の当たりにして、とても不思議な感じでした。けれど、キリストにあって繋がっていることを実感しました。 「世界中の同じ信仰を持った人々と繋がっているんだ」ということに気づいたら、キリストのからだの大きさにも気づかされました。

福音の大きさ

聖書翻訳に関わっている方たちとの出会いは、私に自分の信仰を見直す機会を与えてくれました。彼らは自分のいのちを失うかもしれないというところにいるのに、そのことを全く気負ってはいませんでした。むしろ、今聖書翻訳の働きができることを喜んでいて、それに夢中、という感じを受けました。なんで、そこまでできるんだろう?と不思議でした。そのことについて、私が旅の中で気づかされたのは「福音って人をそこまで動かすくらいすごいものなんだ」ということでした。そして「私はそのことをどれくらい知っているんだろう?」と問わずにはいられませんでした。 普段何気なく手にする聖書も、日本語の聖書があること、そしてそれを読むことが出来ることに感謝したことがあるのか?と問われたような気がしました。神の言葉が書いてあることは、すんっごいことなのに私はそのすごささえも見逃していました。

神様の力の大きさ

私たちはある民族が住んでいる村に行きました。そこはとても貧しい村でした。そんな彼らに、私は何か出来ることはないのかと思いました。もちろん祈ることだけれど、それだけでなく何か具体的に動ければいいのにと…思ってしまいました。神様はこのことに帰国してから応えてくださいました。 「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」使徒3:6 村の人たちのために祈るだけでは満足できないという思いの裏には、神様の力を小さく見ている私がいました。けれど、御言葉を通して「神の力は金銀よりもすごいじゃないか」ということに気づかされました。そして、神様の力を小さく小さく見ていたことを悔い改めることができました。そういえば、村の子供が神様を信じたことで村からけんかが無くなったということを言っていたことを思い出します。

神様への期待は大きく!と言っていたくせに、はっきり言って神様がこんなに私の思いに応えてくださるとは思っていませんでした。神様にごめんなさいとありがとうを連発です。神様は、ほんっとに大きいです!!