夕方5時半、成田空港に若者7人が集合。夜8時過ぎ離陸し、高度1万メートルにて祈る。
ケアンズに早朝4時半到着。ここで1名が合流し、午後3時過ぎにポートモレスビー着。首相指名選挙の日で、道路に警官の姿が目立つが、町の雰囲気は平穏のよう。
吉川さんの車の荷台に乗って、クワレ村に向かう。雨足が強く、道路もぬかるみがひどい。暗い中、先を照らすヘッドライトのみが頼り。夜8時半過ぎ、やっと上流の村に到着。ボートが用意できず、牧師先生宅に一晩の宿をお願いする。
ボートで30分程川を下り、クワレ村に到着。小学生達を中心に、踊りと歌で歓迎。言語協力者コーネ兄に再会。病気ということもあり別人のよう。9人で手を置き心から祈る。
村人達が、悪霊の働きを恐れていることを聞き、霊の戦いの現実を知らされ、皆で祈る。
深さ2メートルの生ゴミ用の穴堀り、パン作り、聖書物語を使っての読み書き教育用教材の印刷に分かれての奉仕。夜、青年会のデボーションに参加。
旅行参加者が心を開いて、村人達と生き生きした交わりをしている姿が素晴らしい。それぞれニックネームが定着してきた様子。
夕方から村人宅に分宿。各自賛美をしたり写真を見せての交わりで、当初抱いていた食べ物やトイレに対する心配も解消した模様。片言の英語とウアレ語によるコミュニケーション。
森にバードオブパラダイスを見に出かけたり、畑で芋を植えたり、川で魚や海老を捕まえたりの半日。村人達の心からのもてなしに、キリストの愛を感じた一同。夜は、歓送会が催され、賛美、スキット等で村人が盛り上がる。
クワレ村の教会で主日礼拝。賛美、証し、祈り、説教とすべてまかされて行う。昼食前、ウアレ語聖書翻訳のための協力者4人のために、手を置いて祈る。
午後、川をボートで下り、車を待つ。手製のいかだで一緒に下ってきた子供達に、驚嘆と感謝の声。誰もが「口で言い表せない感動」を抱きつつ、ポートモレスビーへ。
午前のフライトでウカルンパへ。荷物が半分程載せられず、午後のフライトとなる。今日は、州の祝日でセンター中が休みでひっそり。
キナに両替をしてから、センター内の見学。午後、日本人宣教師との交わり、夜は英語聖研グループのポットラックの交わり。祈りによって、宣教に関わる喜びを体験する若者達。
午前中、隣町のカイナントウで買い物。クリスチャンブックストアの御言葉の壁掛けが人気。午後、小学校、ハイスクールへの訪問。松丸さんの日本語2(中級)の初日を授業参観。
午前中センター内の最後の見学。印刷、コンピューター関係の部門等を見学。午後のフライトでマダンへ。ホテルに到着後、夕方近くの海岸で泳ぐ。海の素晴らしさに目を見張り、歓声をあげる一行。
州の祝日で、町のほとんどが休業。夕食を抜き、夜の集まりで、明日の献書式、パプアニューギニアのために心を合わせて祈る。
マワケ語新約聖書献書式に参加のため、朝7時に車5台で出かける。約2時間半で、海岸沿いのモロに到着。シンガポール、香港、フィンランドからの一行、ウカルンパのメンバーやパプアニューギニアの従業員達、そしてマワケ語を話す地域の村人達が集まる。じりじりと照りつける暑さの中で、礼拝、式典、お祝いの出し物と続く。2人の女性宣教師の21年間の労苦を思う。
ホテルの近くのマダンユナイテッドチャーチの礼拝に出席。揺れ動くほどの賛美の声に圧倒される。宣教に焦点をあてた礼拝プログラムで、パプアニューギニア出身のOM宣教師達がリード。
朝 マダンの空港で日本人に会う。昼前ポートモレスビーに到着し、午後皆で買い物。夜、一同でパプアニューギニア訪問のまとめ。
早朝ポートモレスビー発。ケアンズ経由で、夜7時過ぎ成田着。同行してくださったイエス様に感謝の祈りをし、再会を期して解散。
私にとって初めての海外旅行が、この宣教地体験旅行になりました。そのためか、いろいろなことが新鮮でとても深く心に刻まれています。初めて乗る飛行機が離陸する時のワクワクする気持ちと少しの不安、素晴らしい経験を共に味わった仲間達たちとその楽しかった思い出が、今この文章を書いている時でも、鮮やかによみがえってきます。
私達はまず始めに、吉川先生が聖書翻訳を進めているクワレ村に入ります。その時に、恥ずかしそうにしながらも私たちの荷物を運んでくれた子供たちが、とても印象に残っています。みんなとてもかわいくて、目が輝いていました。村の人たちはとても親しみやすく、私たちを喜んで迎えてくださいました。村での生活は本当に楽しくて、あっという間に過ぎていきました。
また、吉川先生に、生活の事や聖書翻訳の事などを聞く時間も与えられ、自分が考えていた以上に試練があり、時間を要する仕事で、忍耐が必要であることを教えていただきました。この働きに対する世界中からの祈りの必要を、本当に感じました。そして、私たちもこの旅行を通して、宣教師たちの具体的な活動や様々な問題を、日本の教会で証しをし、共に細かな祈りを献げるべきであると思いました。村での生活は、聖書翻訳の必要と、吉川先生のような宣教師の必要をまた新たに考えさせられました。
名残り惜しさを胸に抱きつつ、楽しかった村での生活を離れ今度は宣教師たちの町、ウカルンパに場所を移します。パプアニューギニアの聖書翻訳の拠点であるこの町は、私が想像していたよりもはるかに大きな町でした。宣教師の方々の家が建ち並び、ストアや診療所、学校に郵便局など生活に必要な施設が一通りしっかりと備わっていました。宣教師の方々が心身を休め、また翻訳活動がスムーズに進むように配慮された町でした。
この町では、聖書翻訳をする宣教師を支えるために様々な職種の方々が、活動しておられました。宣教師の子供たちの学校の先生や、飛行機や車のエンジニア、パイロット、パソコンなどの技術を教える人に、修理する人など、聖書翻訳という活動のために、様々な人々が必要とされているということがわかりました。また、B.T.A.(Bible Translation Association)という, 現地の人々が自分たちで聖書翻訳活動ができるように備えられた機関もあり、聖書翻訳の様々な働きを見ることができました。宣教師たちとの交わりの時も与えられ、翻訳の困難と, また喜びとを知り、共に祈り合うことができました。このウカルンパで思わされたことは、あらゆる人々が様々な働きをすることによって, 聖書翻訳宣教が初めて成り立つということです。そして、この働きもまた、世界中の方々の祈りと支援によって支えられている事を強く感じました。
ウカルンパを後にして、この旅最後の訪問地であるマダンの町に移動します。この時のセスナ機からのとても素晴らしい景色は、心に鮮やかに焼き付いています。またこの町は美しい海に面しており、この海の中の素晴らしさも、神様の偉大さを物語っているようでした。私たちがここマダンに来たのは、マウワケ語の献書式に参加するためでした。シンガポールとフィンランドの二人の婦人宣教師がマウワケ語の聖書翻訳を終えた恵みを、共に喜び神様に感謝することができました。ここに至るまでの約20年間、神様が困難な中にあってもこの二人の宣教師を導き、共に歩んでくださったということを実感しました。
今回のこの旅行を通して、私は様々な事を考えさせられました。私たちと同じクリスチャンが、クワレ村でもマダンでも日曜の聖日に共に主イエスキリストを礼拝し、賛美しているという事は何と素晴らしいことでしょう。キリストによって私たちはつながり、共に礼拝する機会を与えられ本当に感謝でした。宣教師の方々の具体的な働きと様々な問題も、少しですが知ることができました。この経験を通して、これからの聖書翻訳のために細かく祈ることができることを感謝します。そして、自分がこれから将来に向けどのように歩むべきかという事も考えさせられました。これから先、私は神様のために働いていきたいと思います。そのためにこれからも、いろいろなことをもっと知り、神様が導かれるその道への備えとして行きたいと考えています。この旅行でこのように考える非常に良い機会が与えられ、本当に感謝します。
最後に、この旅行を支えて下さった兄弟姉妹の祈りに感謝し、お世話になった吉川先生を始め様々な宣教師の方々や、準備をされた永井先生とウィクリフの方々、そしてパプアニューギニアの人々に神様の祝福がありますように。すべてを導かれた主イエスキリストに心から感謝します。
夏休みをどこで過ごそうかと祈っていましたら、思いの中にまったくなかったパプアニューギニアに導かれました。とても、楽しく、良い二週間を過ごすことができました。この二週間で教えられたことを分かち合いたいと思います。
最初に、聖書翻訳の働きにとても感動をしました。ウィクリフの働きは機関誌や宣教師のお話で少しは知っていましたので、聖書を翻訳する働きは地道で、とても大変だなと漠然と思っていました。ところが、実際にパプアニューギニアでの翻訳宣教師の働き、聖書を作る働き、それらを支える働きの、ほんの一部をたった二週間見ただけで、自分が思っていた以上に大変な、すごい働きだと分かりました。また、これらの働きのために、いろいろな必要があることも知りました。これらは、実際に現地に行き、見て、聞いて、体験をしないと分からないことだということも、よく分かりました。日本では想像もできないような苦労がたくさんあります。ですから、日本で宣教師を支え、祈っている方々は、ぜひ、現地に宣教師を訪ねて行くことをお勧めします。より具体的な、そしてより効果的な祈りやサポートができます。
二番目に、日本では母国語の聖書がたやすく手にはいるので、母国語の聖書がないことがどういうことなのかということも想像ができませんでした。けれども、実際に母国語の聖書がどれだけ必要なのかを知ることができました。例えば、私たちは学校で英語を習います。その私たちに英語の聖書だけしか手に入らないとしたらどうでしょうか。英語は習っていますけれども、やはりむずかしいです。日本語の聖書だから良く理解できます。
今回の旅の最後に、二人の翻訳宣教師が21年かけてマウワケ語の新約聖書を完成させたその献書式に出席をすることができました。とても暑くて大変でしたが、この歴史の中でマウワケ語の新約聖書が完成したその献書式の時に、その場に出席できたことはとても感動でした。二人の翻訳宣教師の顔は本当に嬉しそうで、輝いていました。主の働きを忠実に行ってこられたこのお二人にも、とても感動しました。
三番目に、私自身はこれから日本の若い人達が、どんどん宣教の働きのために世界に遣わされていけばすばらしいと思っていましたが、今回の旅でいろいろな方々に出会い、その働きを見せていただいて、年齢は関係ないと教えられました。ある方々は、定年退職後宣教地にて、主の働きのために生き生きと働いていました。
最後に、今回の旅を通して教えられたことは、神様から与えられた賜物を忠実に用い、主に仕えるということです。翻訳宣教師、聖書を作る働き、それらの働きを支える働き、どの働きを見ても、それぞれが自分に与えられた賜物を用いて主に仕えている、そして一つの体の各部分、各機関として機能している、そこに神様の豊かな祝福があるというすばらしい神の国の原則を見ることができました。そして、これからの私自身のクリスチャンとしての歩み、教会生活の中で、もっともっと神様からの賜物を忠実に用い、主に仕えていきたいという新たな思いを胸に帰ってきました。
今回この宣教地体験学習旅行を通して、大きく分けて村での生活とウカルンパでの体験を紹介したいと思います。 この旅行に参加する目的としては、パプアニューギニアという文化の全く違う世界を体験してみたいということ、また世界中で主がほめたたえられていることを実感し、宣教の働きで自分に手伝えることを探したいということでした。
吉川先生が奉仕されているクワレ村では、まず何より感動したのは自然の素晴らしさでした。日本では見たことがないような植物や昆虫、どこまでも続くジャングルや大きな川、壮大なスケールの自然がずっと広がっていました。日本の見慣れた風景だけではなかなか実感できないが、神様の造られた自然は改めて素晴らしいと思いました。
村での生活は、奉仕作業や小学校での授業と交流、村人宅への分宿、夜の集会など毎日とても充実した日々を過ごすことができました。村の子供たちと触れ合う時間が多く与えられたのも、とても感動でした。言葉が通じないこともあったけれど一緒に遊ぶ上では、そんなことは大した問題では無く、気持ちだけで通じ合えていたようでした。みんな素直で純粋で目が輝いていて、一緒にいて自分も本当に楽しかったです。学校での授業では、みんなでグランドでスポーツをする時間が与えられました。スポーツというのは、文化や言葉が違っても世界共通で楽しめるものであることがよく分かりました。日曜日には、村の教会で村人と一緒に礼拝することができました。
クワレ村では他にも書き表せないほどいろんなことを学び、感動させられました。日本と比べると物質的には豊かとは言えないが、毎日楽しく暮らしていて、心が純粋で、いつも神様と共に歩んでいるこの村は、自分には日本以上に豊かに幸せに見えました。最後のお別れの時は、子供たちがずっと走って手を振ってくれていて本当に感動でした。いつかこの村の献書式の時にでも再び訪れたいと思います。
次に宣教基地であるウカルンパを訪問しました。聖書翻訳宣教の働きが、どのように行われているかを体験できて感謝です。また日本人の宣教師たちや、外国人の宣教師たちと交わる機会がそれぞれ与えられ、聖書翻訳の現状や難しさなど教えられ、本当に祈りによって支えていかなければならないことが分かりました。外国人の宣教師たちとの交わりの時、僕たち参加者一人一人の祈りの課題を聞いて下さり、一人一人のためにお祈りしていただきました。初めてお会いした方々に、心からていねいに祈っていただいき本当にうれしかったです。「祈り」というのは改めてすごい力を持っていて、祈りの輪は空間を越えて世界の人々と神様とに直につながっていることが、実感できすごくうれしかったです。これから世界宣教について、いつも覚えて祈り支えていきたいと思います。
また小学校や高校を見学し、宣教師の子供たちの教育に関しての課題も知ることができました。ウカルンパの学校の教師が、不足していることも教えられました。自分は、現在教育学部の保健体育科で、体育の教師としての勉強をしていますが、ウカルンパでお会いした松丸先生も教育学部体育科卒で、教育宣教師として導かれた証しを聞き、そのような道があることも教えられ、主に導かれるなら自分もそのような働きをしたいと願うようになりました。自分は、運動することに関しての能力を神様に与えられ、何度もの奇跡により大学で学ぶ機会を与えられました。神様の導きがあることを、確信し感謝することばかりです。本当に神様に仕えるものとして、その与えられた能力を生かして行きたいと思っています。今回、この旅に参加できたことは素晴らしい経験ですし、生きる目的、奉仕の目的が見えてきたような気がしてなりません。そのために今、何ができるか心から考えていきたいと思っています。
この旅の間、永井先生をはじめ、吉川先生や参加者全員、他にもいろんな人々の証しを聞くことができ、いろいろ考えさせられました。また、一緒に参加した仲間からいろんな影響を受けました。一人一人が、神様に仕える者として歩んでいる姿を知ることができました。この仲間に出会えたことは、何よりの喜びです。
また、2週間ずっと主を信じる者の中で生活できた経験も、貴重なことでした。毎日デボーションの時が与えられ、祈り、賛美、聖書を開くことの素晴らしさを改めて思わされました。これからの生活の中で、このことを忘れないようにしたいと思います。
自分は、将来の進むべき道を全て神様のご計画に委ね、これから神様と共に歩む生活を送っていきたいと思います。
最後に、この旅に参加するにあたって支えていただいた父、母に、また経済的な面での援助や祈りをもって支えていただいた前橋教会の皆様に、そして、この旅のために祈り支えていただいた一人一人に、深く感謝いたします。最初から最後まで守っていただいた主に感謝し、証しとさせていただきます。
このみことばを胸に、パプアニューギニアへ宣教地体験学習旅行に参加しました。私は今、高校を卒業し進路さがしという祈りの期間を過ごしています。私はどんな道へ進もうが、人生をかけてやりたいことは「神様を人に伝えること」と思っています。この祈りの期間に、遠いところで(できれば海外で)何かしようと漠然と思っていました。
そんな中、この学習旅行の案内を目にして、今まで名前は耳にしたことがあってもどこにあるかすら知らなかった国へ行こうと決心しました。パプアニューギニアでの15日間は、本当に祝されていて感動の毎日でした。中でも印象に残っているのは、最初の訪問地であるクワレという村です。
村での生活は、すべてが新しいことで発見であり、本当に良い経験でした。村の方々は、日本から来て何も知らない私たちに、最高のおもてなしをしてくださいました。そして、一つ一つを丁寧に根気強く教えてくださいました。
しかし、村によっては暖かく迎えられない所もあるそうで、ある翻訳宣教師の方の行った村では、受け入れてもらい聖書翻訳の協力者が与えられるのに、20年かかったそうです。聖書翻訳には現地の方の協力が不可欠で、協力者は表現の決定や、翻訳が終わった後聖書をその地に根付かせる働きに関わります。神様の示す時というのは、人間が測り知れないものだと感動しました。また、翻訳宣教師の方の忍耐に感動しました。そして、今の私にできる「祈る」ということで支えていこうと思いました。
また、共に祈ることの喜びを感じた旅でした。毎晩メンバーと一緒に、互いのため、又パプアニューギニアのために祈る時間を設け、祈り合いました。私の家はクリスチャンホームではないので、誰かと共に祈ることが毎日できるというのが、本当にうれしくて感謝でした。一日も早く家族みんながクリスチャンになって、一緒に祈ることができるようにと思いました。
この旅で、必ずイエス様は進むべき道を示してくださり、もし私が違う方向へ行っても、みこころではない方向なら、その道を閉ざしてくださるということがわかりました。今まで前に進めずにいた私も、ようやく進むことができるようになりました。感謝なことです。
この旅を導いて、そして今も変わらず愛を持って接してくださっている神様に付いていくことを決心しました。私は今後どのような職業について、どのような働きをしていける者なのかわかりません。しかし、すべてのことをつぶやかず、疑わずにいきたいと思います。
日本に帰ってきて一番最初に感じたことは、「暑い!」ということだった。日本は、「夏」 真っ盛りで記録的な猛暑。誰もがこの逆を想像するのではないだろうか?パプアはこの時期、冬で、寒くはないが、日本ほど暑くはなかった。日本に着いた時、自分は気づかなかったが、もうすっかりパプアの色に染まっていた。それは、決して色が黒くなったことだけの意味では無い。
パプアでの非日常的体験を通して、主は多くのことを教えてくださった。どんなに貧しくても、キリストにある生活の素晴らしさ。毎週日曜日には礼拝を守り、日本からの来訪者に精一杯のもてなしで迎えてくれる村の方々の人柄。村の人々の笑顔は、すぐに私たちを受け入れてくれていることがわかった。踊りと賛美と笑顔で迎えてくれ、子供たちは人なつっこく私たちを取り囲み、ホームステイ先の食卓では、家族の方々の心遣いがひしひしと伝わってくる。村での5日間の生活は、水の大切さ、動植物の美しさ、食べ物の貴重さ、交わりの素晴らしさを体験した。クワレ村は人々を取り囲んでいる自然のバランスに恵まれていて、物があふれている日本の生活には、失われている純粋な笑顔があった。神様が与えてくださり、手が加えられていない物への喜びをもう一度考えさせられた。別れの時のことを思い出すと、今でもつらい。本当に主は私たちと村の人々との交わりを守り、祝してくださっていた。
第二訪問地のウカルンパのSILセンターでの4日間では、パプアでの翻訳宣教の歴史、センター内の各部門の働き、翻訳宣教の現状の証しを、交わりを通して知らされた。宣教地では、祈りの必要と同時に、働き人の必要も求められていた。現地で聞くことしかできない祈りの課題、主の御業の息づかいを見せられているようだった。
ある宣教師の証しで、64年から94までの30年間、ある村での新生者はひとりしか起きなかったということを聞いた。「翻訳宣教師は何もできない。聖霊の導きが無ければ何も起こらない。」と語られていた言葉が印象に残っている。
これからも世界の事に目を向け、そして祈り、自分自身も世界宣教という大きな仕事に参加していきたいと思う。そのために、私のうちにある「宣教」という2文字の言葉を、これからどう具体的にしていくかが課題となった。実はこの課題は、この旅行の個人的な目的であり目標であった。主はこの旅行を通して、パプアの人々の顔を思い浮かべながら祈ることや、2週間の思い出をいつでも思い返せることなどの恵みを与えてくださった。この主の導きにより、目的であった「宣教」という言葉の具体化は果たされた。しかしまた、今立っている所から、さらに「前へ進め!」という声が聞こえてくる。少しばかり知ることができたので、さらに知りたいことがあることに気づかされた旅行でもあった。ウカルンパの宣教師は、献身を明確にしていた。自分が何をもって主に仕えていくのか。私もいつか、「何をもって主に仕えていくのか。」を明確にしたい。
第3訪問地マダンから、車で3時間で着く村で、その地域の言葉「マウワケ語」の新約聖書献書式に参加した。炎天下の中、聖書翻訳に関わった村の方々と、2人の女性翻訳宣教師の方々の顔は晴れ晴れと輝いていた。村全体がお祭りムードで、熱気でムンムンしていた。少ししか話を理解できなかったが、村のあるおじいさんが2人の宣教師を受け入れてくださったことで、この村での宣教が本格的に始まった。そして21年経った時、この日が迎えられた。
21年という長い道のりは、主の支えが無かったら続かなかったことだろう。神様は、村の人々の心をゆっくりと開いてくださり、こんなにも素晴らしい日を私たちに見せてくださった。ハレルヤ!
私は旅行に行く前、初めて会う人たちと、今まで行ったことのない地で生活を共にすることに不安があった。でもこの旅行を通して、メンバーやリーダーと深く交わることができた。特別な体験を共にした私たちは、これからも助け合い、祈り合っていける間柄でありたいと思う。
この旅行への思いを与えてくださった時から、今まで守ってくださった主に感謝する。皆さんの祈りがあったからこそと思う。この旅行を通して世界が広がった。私を取り囲む様々な世界に、パプアの色が加わった。勇気を出して参加してみて良かったと思う。
この夏パプアニューギニアに行く前に、与えられた御言葉です。これから先どのような家を建てていけばいいだろう、そんなことを考え、神様がこの2週間の中で見せてくださるものに期待して臨んだ旅行でした。
私がこの旅行で一番感動したもの、それはパプアニューギニアの大自然です。特に、クワレ村に生息していたたくさんの動植物、そしてセスナ機から見た風景は忘れることができません。これらを見ながら、創造主である神様の素晴らしさを思うと共に、本当に神様は恐れられるべきお方なのだということを感じました。
この自然の中から必要な分だけをとって生活する、それがクワレ村の人々の暮らしでした。彼らにとって、ナイフは必需品のようです。竹で道具を作ったり、椰子の実の厚い皮をむいたり、ヤムいも等の地下に埋まっている作物を掘り起こすのにも使っていました。日本の学校では、子どもたちにナイフを持って来ないように教育していますが、ここでは持っていないと不便で、大切な道具です。豊かとは言えない、日本とはかけ離れた生活でしたが、自然や物を大切に正しく使う彼らを見て、自分の生活に反省点が多いことに気づかされました。今、日本では、物があふれる一方で、ゴミ処理問題に悩まされています。自分でも与えられた物を大切にしていこうと思うと同時に、この国の人々には、神様の造られたこの素晴らしい自然を愛し、守り続けてほしいと思います。
もう一つ、この旅行での大きな収穫は、多くのクリスチャンとの出会いです。生活を共にした日本人メンバーはもちろん、クワレ村の吉川先生、クワレ村の人々、ウカルンパに住む諸外国の宣教師の先生方とその家族、モロ村でマウワケ語の聖書を約20年かかって翻訳した2人の女性宣教師....。交わりの中に、また兄弟姉妹ひとりひとりの中に、神様の御臨在を感じました。
特にウカルンパで、たくさんの施設を見学してそこで働くクリスチャンの方々のお話を聞いたり、宣教師の先生方との交わりの時を多く持てたことが、印象に残っています。英語があまりできないため、充分には理解することはできませんでしたが、吉川先生の証しを聞き、また宣教師の先生方の働きとご家族の祈りによる支えを間近かで見ることを通して、聖書翻訳のために、本当に多くの人が神様に自分自身を献げ、自分に与えられた賜物を生かし、神様の守りの中でこの働きを続けているんだということがわかりました。
吉川先生をはじめウカルンパで出会った宣教師の先生方の神様への献身の姿を見ることができたことは、これからどのような進路を選び取っていくべきか、まだわからない私にとってとても大きなことでした。私は、この旅行の前に、コリント人への手紙第13章10節から15節の御言葉を示されました。据えられたイエスキリストという土台の上に、しっかりとした家を建てていくということ、そのことを神様はこの旅行の中で、聖書翻訳の働きに携わる多くの人々の姿を通し、見せてくださったのだと思います。私の人生も、主人公はイエス様です。これから私は大学生活を続ける予定ですが、その中にあっても、またその後も、イエス様に喜ばれることを求め、与えられた賜物を神様のために用いて、常に自分自身を献げていけるように祈りつつ歩んでいきたいと思いました。
また、言語についても考えさせられました。英語を使いこなせないがために、現地の人とのコミュニケーションがうまくできず、悔しい思いをした経験も含め、この旅行では、言葉の尊さを改めて思わされました。何かを伝えたい時に、言葉以外にジェスチャーや絵などが役に立ちます。しかし、やはり自分の考えを伝えるため、また相手の考えを知るため、そして何よりも神様のことを伝えるため、また知るために、言葉は神様の与えてくださった素晴らしい賜物なのだと感じました。
「キリスト教は言葉の宗教とも言えます。」とある先生がメッセージの中で言われたのを思い出します。私たちの神様は、目には見えません。だから、神様は御心を私たちに伝えるために、聖書を与えてくださいました。「ことばは神であった。」と、聖書にも書かれていますが、私たちが生きていく中で、一番の柱としなくてはいけないもの、尊ぶべきもの、それはやはり聖書の御言葉だと確信させられています。神様をまだ知らない人々に、その村や地域の言葉で伝えるために、十年以上もかけて聖書を翻訳するというウィクリフの働きの尊さを知りました。
この2週間は、私にとって今までになく内容の濃い2週間でした。お世話になった方々、そしてこの旅行のために祈りによって支えてくださった兄弟姉妹に、心から感謝します。ハレルヤ!
パプアニューギニアへ行くと決めたのが、ゴールデンウイークの最後の日だった様に思います。それから会社で休暇をもらい、私が不在の間の準備をせわしくしているうちに、7月12日を迎えてしまいました。仕事が多忙だったことから、少し体調を崩したり、マラリア予防薬のクロロキンが体にあわなかったりで、旅行前の一週間は不安な気持ちでいっぱいでした。当日は、友達の電話で朝早く起こされ「ちゃんと帰ってきてね」と送る言葉に、「みんなすごい所に行くと思っているんだなあ」と改めて周囲の心配を知り、支度を整え家を出ました。
成田空港にはまだ一度しか行ったことがなかったので不安でしたが、なんとかたどり着き、永井先生や説明会で会った幸代さんの顔を発見した時は嬉しかったです。ですが、清野さんの姿が無く寂しい出発でした。一緒に行くメンバーは皆、年の離れた学生ということもあって飛行機の中でも話にあまりついて行けず、母教会の兄姉を思い出し、少し早いホームシックになってしまいました。
やがてケアンズで芳先生と合流し、元気を取り戻し、パプアに向かいました。ポートモレスビーの空港には、吉川先生とイナラさんが出迎えてくださり、トラックの荷台へ乗り込みクワレに向けて出発しました。トラックの荷台に乗るのは初めてだったので怖かったけど、行き交う人たちが皆、手を振ってくれるのが嬉しくて「私たちパプアに歓迎されている」と、パプアでは当たり前の光景に感動していました。
ゲストハウスに着いた頃から雨が降り始め、しばらくは霧の様な小雨でしたが、日が暮れるにつれ雨足がひどくなり、トラックが川の上を進んで行くように見えました。電灯が全く無い遠く続く道、バナナの森の何処からともなく聞こえてくる動物の声に、日本では絶対味わえない体験をさせてくださっているイエス様に心から感謝しました。
村に行くためのボートが来ないと言うことで、上流の村に宿泊することになりました。大きな家でしたが、台所もお風呂も無く、3から4畳くらいの部屋で、女性5人重なりあって寝ました。トイレはありましたが、使い方がわからず、野原で行いました。後から聞いた話ですが、私が見たトイレは男性用だったようです。
すがすがしい朝を迎え、少々霧雨でしたが、ボートで川を渡りました。モーターボートに乗るのも初めてでしたが、乗り心地は良く、ボートから見える景色に見とれていたら、瞬きする間もなくクワレ村に到着しました。岸には子供たちが出迎えていてくれて、私たちの荷物を運んでくれました。吉川先生の家の前では、民族衣装を着た子供たちが 歓迎の踊りを踊ってくれました。村の子供たちは、とてもはずかしがり屋ですが、人なつこく、いろんなお手伝いを進んでしてくれました。
吉川先生の家で昼食の準備中、LPガス使用の冷蔵庫を発見し、昔は日本でも使っていたとは聞いていましたが、「こんな所でお目にかかるなんて」と、思わず写真を撮ってしまいました。村の子供たちのお腹が大きいのは、マラリア菌がすい臓にたまっていたり、虫がいたりするからだと、この時に聞きました。薬が豊富にあり、また不必要な薬で快楽を求める日本の友人をこの村に連れてきて、薬というものの本当の目的を教えてあげたいと思いました。
翌日は、奉仕分担をし作業につきました。私はパン作りをしました。ここだけの話ですが、小麦粉の量を間違えてしまって、ちょっと本物より堅めだったようですが、皆さん美味しいと食べていただき感謝でした。
夕方、ホームステイをさせてくれるホストファミリーが迎えに来てくれました。私は英語が話せないのでとても不安でしたが、何とかボデーラングエッジと少しの英語でコミュニケーションできました。その家の奥さんのイルナさんと、一緒の寝室で休みました。床につき、聖書の同じ箇所を読むことにしました。彼女の聖書はモトウと言う言葉で書かれており、それはとても古くボロボロでしたが、壊れないように大切にそっと私の示す箇所を開いてくれました。分かってはいましたが、自分の話す言葉の聖書が本当に無いんだなあと思うと、とても寂しくなりました。
緊張していたせいもあったと思いますが、朝は早く目が覚めました。朝食をとり、イルナさんと娘さんのグレンダと、食器を洗いに川へ行きました。食器用の洗剤は無く、石鹸で洗っていました。その横で、男の子たちが体を洗っていました。また洗濯に来ている女の子もいました。子供たちは、小さいうちから本当に良くお手伝いをし、親の言うことを良く聞きます。
それから、皆で川へ行きました。パプアニュ-ギニアでしか見られないであろう自然風景と、カワイイ子供たちの写真をたくさん撮りました。男の子たちは魚を捕っていたらしく、昼食は魚と魚を使った料理とバナナ、椰子のジュースでした。村の人たちの愛情がつまっていて、とても美味しかったです。それからホストファミリーの家に戻り、別れの挨拶を交わし、吉川先生の家へ帰りました。とても緊張し、疲れましたが良い経験ができ楽しかったです。
翌日、村での最後の日プラス初安息日でした。礼拝では英語もあまりできないのに、司会をしてしまいましたが、二度とできない経験をさせていただき感謝でした。また、世界各国でこの安息日を守り、神様をたたえ、賛美していることへの実感が持てて良かったです。荷造りを終え、吉川先生の家を出ると、ホストファミリーからの思いがけないプレゼントに感激しました。「こんな事をされてしまったら、テレビのウルルン滞在記になってしまう」と、こらえていましたが、私たちの乗ったボートを追いかけて、子どもたちがやって来た時は、ウルルンになってしまいました。もっと子供たちにプレゼントを用意しておけば良かったと思うほどに、クワレ村の子供たちにはたくさんの言葉にできない良い物をもらいました。
ウカルンパまでの初めてのセスナ機での移動は、前日のジョンFケネデイーJrのセスナ機事故のニュースを見たせいか、緊張していましたが、思ったより揺れもせず快適だったので、機内では仲間の期待に答えて爆睡してしまいました。
ウカルンパでの3日間は、SILの働き、聖書翻訳に携わる人々との交わりや、施設の見学とを通して、いろんなことを学びました。直接翻訳に携わる人たちと、賜物を主により生かされそれをサポートする人たちがいる事を知りました。聖書を翻訳するには、たくさんの労苦があることを学びました。日本ではどこでも手に入れる事のできるこの聖書も、長い年月と、このようなたくさんの犠牲、そして祈り、神様の御言葉を伝えたいという愛によってできたのかなと、聖書の大切さを改めてここでも感じさせられました。
マダンでは、ホテルの思いがけない豪華なお出迎えにビックリしました。海水浴をしたり、ショッピングをしたりと楽しいひとときでしたが、クリスチャンではない人々との接触が久しぶりのせいか、ホテルでの食事の時は少し緊張しました。
マウワケ語の新約聖書の献書式当日は、とても暑かったですが、翻訳された方々の顔はすがすがしく、誇り高く輝いて見えたのがとても印象的でした。式典の最初に踊られた踊りは、とても躍動的で、この村の人たちも本当にこの時を、待ち望み、共に喜んでいるのが伝わってきて、私も何だか嬉しかったです。これから行われる旧約聖書の翻訳に、神様の豊かな祝福が約束されているようにも思われました。また、絶える事なく、この聖書がこの言語を話す人たちの間にあることを期待しました。
この旅行を通して、神様が私に教えてくださった事は、自分の賜物がどんなに小さなものでも、神様の御用の為に使っていただきたいと願うこと、また、それを神様は何倍にもして祝福されているということ、5つのパンと2匹の魚を神様に差し出した子供の様に、私もありたい、と日々祈る事ができるようになった事と、重荷になっていた教会での奉仕が、今は喜びになったことがとても感謝です。
ハレルヤ!今回パプアニューギニア宣教地旅行に参加させていただき、何も分からず少し恐れていた僕に、イエス様は多くのことを教えてくださいました。パプアで体験した事は、ここに書き記すことができないほどたくさんのものであり、また言葉にならないほど素晴らしいものでしたが、特に印象に残り、また教えられた3つのことを分かち合いたいと思います。
まず一つ目は、パプアニュー-ギニアの人々の様子です。この国では、人々の住む場所によって、人の気質が違うということを聞きました。一般的に地域によって、フレンドリーな所と、攻撃性の強い所があるそうです。そのことは、旅をしていく中で実際にこの目で見て、感じることができました。
最初に訪れたクワレ村の人たちは、低地に位置する所に住んでいる人々ですが、驚くほど人なつっこくて気さくな人たちでした。初めてあった日から、まるで僕たちを以前から知っているかのように迎えてくれました。そして僕たちの滞在中も、厚く親切にもてなしてくれました。特に感動したのは、村人たちと午前中にフィッシングに行った時のことです。
約2時間フィッシングをした後、河原で昼食の用意が始まりました。村人たちは、火を炊きバナナや魚、エビを焼きました。また椰子の実を採り、1時間以上かけて食事を用意してくださいました。僕たちはすすめられるままに食べ始めましたが、ふと気づいてみると彼らは食べていません。子供たちもです。お腹がすいているのは、僕たちだけでなく、彼らも同様でした。しかし、彼らは僕たちの食べるのを待って、僕たちが食べ終わってから残っている物を互いに分け合って、食べ始めたのです。このことは本当に感動しました。イエス様は「受けるよりも、与える方が幸いである。」と言われましたが、まさに彼らこそ聖書の祝福のうちを歩んでいるのではないかと思いました。普段、時間に追われ忙しさの中にいる僕には、とても考えられないことであったので、本当に感動しました。僕も彼らのように自分の事だけでなく、他の人を気遣うものとなりたいと思いました。
次に訪れたのはウカルンパセンターでした。この周りに住んでいる人たちは、高原地帯に生活する人々です。もちろんクワレ村の人々ほど多くの時間、この現地の方々と交わった訳ではありませんが、クワレ村の人たちの印象とは違っていました。クワレ村の人たちは、僕たちが車から手を振ると、笑ったり手を振り返してきましたが、ここの村々の人たちは僕たちが手を振っても、ほとんど応答がありませんでした。同じ国の人たちなのに、住む場所によってこんなに違うとは驚きでした。
二つ目は、宣教師との交わりです。吉川先生を始め、ウカルンパでも夕食の時やセンター内の見学の時等に、多くの宣教師の方々と交わる貴重な体験をさせていただきました。それぞれの先生方が、それぞれの賜物を生かし、それぞれが主の召しに応えようと、主にあってがんばっておられる姿、そして宣教師の方々が、主に与えられたそれぞれの務めに対して、喜びをもって歩まれている姿には、本当に感動しました。このように、主の呼びかけに応えた真の主のしもべによって、世界宣教はなされている事を見ることができました。僕もこの方々の様に、主が何を僕に成されようとしておられるのかということを、いつも祈り求め、いつでも主の召しに応答できる者でありたいと思いました。
三つ目は、パプアニューギニアからも聖書翻訳をはじめ世界宣教に対して重荷を持ち、実際に働いている方々がいるという事を知ることができたことでした。パプアニューギニアのクリスチャン人口は、この国の大部分を占めているということを聞いていましたので、それならば国内だけでなく、海外に対しても力強い働きをしているのではと思っていました。特に聖書翻訳宣教の働きに関しては、現地に多くのクリスチャンがいるのに関わらず、どうして大勢の宣教師の先生方が、この働きに携わっておられるのだろうという疑問を持っていました。
しかし現地のある教会の礼拝に出席させていただいた時、礼拝に海外宣教についてのプログラム 等も取り入れており、また祈っておられる姿がそこにありました。また、ビーチでBTA(Bible Translation Association)という団体の働き人に会いました。その方は、国内でまだ聖書の翻訳されていない言語に、SILの協力の下に聖書翻訳をしている組織の責任者のひとりでした。この事を知ることができ、また実際にその働きに携わっている方々と会えたのは本当に大きな恵みでした。これからもその働きのために祈っていきたいと思いました。
以上の3つにまとめてみましたが、とてもこれだけではパプアニューギニアでの思い出を言い尽くすことはできませんが、主が経験させてくださった多くの事をこれからの生活に生かしていきたいと思いました。引率をしてくださった永井先生をはじめ、共に旅行をしたメンバーの方々、またこの旅を導き祝福してくださった主に心から感謝します。