ドキュメント

心に語りかける自然なことばで 、永井敏夫

はじめに

聖書の翻訳で大切なことのひとつは、その言語を実際に使用している人たちにとって自然な語彙や表現が用いられているかどうかということです。心の底から分かってもらうために、翻訳宣教師たちは時間をかけてその作業に取り組みます。現在パプアニューギニアで聖書翻訳をしているふたりのメンバーの証しをご紹介しましょう。

ザハラ 、吉川啓子さん(ウアレ語聖書翻訳プロジェクトに従事中)

私は、イザヤ書53章の記事をウアレ語で翻訳して、村人に読んでほしいと思いました。そのために「イースター物語」という本の中に、イザヤ書53章を入れました。53章には、「苦難」という言葉が二箇所出てきます。(3節と10節:新改訳聖書では「痛み」)翻訳同労者である一人の若者と翻訳をしていましたが、「苦難」という言葉がどうしても見当たりません。それで、彼に村の長老に聞きに行ってもらいました。

すると、その長老の方が私の家まで来てくれて、教えて下さいました。その言葉は「ザハラ」というものでした。昔、雨が長い間降らなくて、畑も野原も川もすべて枯れてしまい、食べ物が全くなくなってしまったことがあったそうです。その時の状態を表す語が、「ザハラ」でした。ウアレ族の人々にとって、人生の苦しみの極限がこの言葉の中に含まれているのだと、私は目が開かれました。その長老に、「この語は、イエス・キリストが苦難に会われた状態を表すことができますか?」、と何度も聞いたところ、そうだということでした。  

この言葉は、私にとって初めて聞いた言葉でした。この方はもう亡くなっていますが、まだ存命中に本当に的確な言葉を教えて下さったことが私には嬉しく、感謝でした。このような言葉は、若者たちには捜すことができない言葉です。この言葉を読む時に、村人には飢饉の極限の苦しい状況が想像でき、またキリストの苦しみが身にしみて実感できるのではないかと思っています。

トウアグ 、久米のぞみさん(アタ語聖書翻訳プロジェクトに従事中)

村の人々とヨハネの福音書をチェッキングしていた時のことです。毎週日曜日の礼拝の後、村の方々に集まっていただいていました。ヨハネの福音書を1章ずつ読んでいき、不自然なアタ語がないかを聞いていただくためです。

故橋本一雄宣教師(1997年召天)が訳してくださっていたヨハネの福音書は、とても自然なアタ語でした。読まれた一語一語が、村の人々の心にみこんでいくのが良くわかりました。御言葉を自分の母語であるアタ語で聞いた方々は、チェッキングが終わると、私達のところへ来てこう言いました。「アタ語で聞くといいね。とってもトウアグ(甘い)だよ。」これを聞いてわたしは、詩篇の次の箇所を思い浮かべました。

”あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘いことでしょう。 蜜よりも私の口に甘いのです” 詩篇119:103

おわりに

これからも、聖書翻訳宣教師たちが、村の人々の心に語りかける最も適する語を捜していけるようにお祈りください。そして、翻訳される聖書の言葉が、「密よりも甘い」ものとして、「心に沁みる」ことばとして、一人一人の心に届けられ続けますように。