ドキュメント

イラルトウの人々と共に、松村隆、1985.3

関連画像 1984年9月7日、私たちは最後の訓練であるジャングルキ ャンプを終え、このイリアンジャヤに帰ってきました。数日 後インドネシア支部の総主事ディック・ヒューグノー師に呼 ばれました。その時はじめて、私たちがウィクリフの1000 番目の翻訳チ一ムに認定されたことがわかったのです。私自 身の性格(ひかえめな?)からして、初め辞退しようと考え たのですが、支部の委員会で話し合って決めたというのです。 私たちは村に入る1000番目のチームとして選ばれたことを 主のご計画と受けとめ、受け入れることにしました。

調査

それから、忙しい部族選びが始まりました。ヒユーグノー 師が私たちに示してくれた、今早急に翻訳を必要としている 4つの部族の名前をあげて祈り始めました。そしてこのイラ ルトゥ族が、1978年に調査が行なわれてから6年もだれも 遣わされず、44の村こ約6000人もの人々が、みことばのな いままにされていることがわかりました。6000人というのは イリアン・ジャヤでは大きな部族です。何人かの先輩たちは、 一度そこへ行くことを考えましたが、いろいろな理由で他の 地に導かれていったと話してくれました。私たちは44の村 々が、ジャングルの中、海岸、そして山の中に散在している のを知り、少しためらいました。同じ日本人メンバーの小栗 帥と交わる機会もほとんどなくなるかも知れないと聞き、迷 いました。

決断

しかしある朝 ヨシュア記14章を読んでいた時 主は大切 な事に気づかせて下さいました。それは目に見えることと、 主を信じることの違いでした。人間的に見て多くの困難が予 想されます。しかし、カレプがヨシュアに語ったことばに強 く心を打たれたのです。

「私といっしょに上って行った私の身内の者たちは民の心を くじいたのですが、私は私の神 主に従い通しました」 たとえ目に見えることは困難に見えても、主を信じ主に従い 通すことか第一であって、それを主が求めておられることを もう一度教えられたのです。私たちはこのみことばを信じて、 イラルトゥ部族の人々のために聖書翻訳をしようと決心いた しました。

イラルトゥ族

イラルトゥ族の人たちは、ジャヤプラからセスナで約3時間 半の所に住んでいます。私たちが今回滞在したフルアタ村に は飛行場(草原)がありますが、その他の村へ行くには、も う一つの飛行場カイマナから船で8時間かかり、またそこか ら1日歩かなければならない村々もあります。この部族はカ トリック、プロテスタント、セブンスデーアドペンチスト、 イスラムからなっており、”クリスチャン”たち全部に受け 入れられる聖書を翻訳するのも一つのチャレンジです。あ るイリアンの熱心な姉妹が私たちに話してくれました。 「イリアン人は全員”クリスチャン”なの。でも、本当にイ エス様を信じて救われている人はまだ少ないのよ」 これは私たちへのチャレンンです。みことばがイラルトゥの 人々のことばに翻訳され、イエス・キリストを信じて救われ る人々が起こされ、教会がみことばの上にしっかりと建て上 げられていく。これが私たちの祈りであり、ビジョンで す。イラルトゥ派遣にあたり、私たちは感動的なニュースを 聞きました。それは、この部族に早く翻訳者が遭わされるよ うにと3年間も祈っていた御夫婦がいたということでした。 どうぞ、このイラルトゥの人々が自分たちのことばでみこと ばを読める日がくるように、共に祈り、共にこの働きに加わ ってくださるよう心からお願いいたします。