ドキュメント

聖書が読まれるために、久米のぞみ、2000.6

関連画像 文字の無い地域で読み書きを教える限界を覚える時があります。 村の人たちは、字を読めるようになりたいという思いがあるのに、 読み書きクラスをもってもなかなか読めるようにはなりません。 字が読めるようになっても、畑仕事と関わりがないのでは? このような理由で親も子供たちを小学準備校に行くことを熱心に奨めなかったりします。

そんな状況の中でも、アタ語地域では、 故橋本一雄宣教師と故モーリス・カバ氏によって1992年にアタ語小学校準備校が始められました。 今では、4人もの先生が与えられ、生徒も70人程集まっています。 西ニューブリテン島の州政府からも認可され、先生への給料も支払われています。 このように母語で教育が進められている部族はパプア・ニューギニアではまだ多くはありません。

同様に大人の識字教育もこの国では、まだまだ整えられていません。 文字を全く読めない大人の人たちがたくさんいます。 そのため、せっかくウィクリフの聖書翻訳宣教師が長い年月をかけて完成した新約聖書も読まれない場合があります。 残念なことです。ウィクリフの宣教師たちは翻訳と同時に識字教育にも力を入れて、 ニューギニアの教育者たちと協力し合いながら神の御言葉が読まれるようにといろいろと試行錯誤しています。 識字教育と言っても単純ではありません。少数民族の人々の動機付け、学習スタイルや形態の特質などが研究されています。 どのようにすれば頭に入っていくのかは、個人差がありますが、民族による違いもあり、 西欧的な教育システムを導入してもうまくいきません。

アタ語の地域でも1995年に大人の識字教育のクラスが始められました。 数年間、このクラスはストップした状態でしたが、今年またクラスをもつことができました。 「ノアの箱舟」や、「天地創造」のアタ語のテキストを用いながらクラスをすすめていると、 5年前にクラスに来ていたウビさんやプアスさんがたどたどとテキストを読み始めました。 大人の人たちには読み書きを教えても読めるようにはならないとあきらめかけていましたので、大きな喜びでした。 また、アタの人にとっても文盲であった自分の家族、姉妹たちが読めるようになるのを見るのは うれしい様子でした。 さらに、読まれた御言葉が心に沁みるようにと願って働きを続けています。