ドキュメント

奉仕の場、石川学

「聖書が訳されていない言語が まだある」これでもう十分だった。 高校時代から海外宣教に関心を与 えられていたが、大学生活も後半 にはいった頃、ふとした機会で手 にしたガリ版刷の「聖書翻訳」誌 で、そのことを知ったのだ。その 時の衝撃は大きく、心が高なるよ うだった。これこそ主が私に望ん でおられる働きにちがいないと思 った。ニューギニアに行きたかっ た。

柏崎聖書学院卒業後、日本伝道 福音教団の教職として六日町福音 キリスト教会に導かれ、そこで6 年半奉仕させていただいた。その 間、主がどのように用いてくださる かを見たかった。同時に聖書翻訳 宣教への導きを確かめたかった。

その間に日本で最初に開かれた 夏期言語学講座に6ケ月になった 長男もつれて家族で参加し、主の 導きを確信した。あとは志願の準 備だったが、教会の皆様も理解し てくださり、志願を認めてくださ った。

しかし主の試練は思いがけない 時に、思いがけない方法でやって くる。私共がウィクリフ聖書翻訳 協会に安け入れられたのが1978 年1月だったが、春になって、 前の年に生まれた長女の道子が脳 性マヒと診断されたのである。「こ れはどういうことだろう…」 と思 い悩み、祈ったが、主がすでに導 いておられる方向に進んでいこう、 主が道を開き、責任をとってくだ さるに違いないと信じ、その夏、 ウィクリフの訓練コースにはいっ た。

私達は当初からパプアニューギ ニアでの奉仕を願い、準備をすす めていたが、日本事務局の事情で、 日本主事として奉仕するようにと の依頼を受けた。「聖書翻訳宣教 は強力なチームワークで進められ る」と確信していたから、主の導 きと受けとめて帰国し、以来日本 事務局での奉仕を続けている。

主は福音があらゆる部族に宣べ 信えられるために、いろいろな人 をいろいろな所から召しし、訓練し、 遣わしてくださる。私達は主の導 かれるままに与えられた賜物に応 じて、精いっぱい仕えていけばい いのだと思う。奉仕の場がどこで あろうと気にすることはない。事 務局での奉仕をしながらそう考え るようになった。