可能性に目をとめたい

先日、郵便局で雑誌をパラパラっと見ていたら、各地でいろいろユニークな催しを企画している人の記事が載っていました。その中で、彼は「モノを見る目というのは自分の側にあって、マイナスと思われるようなものも、見方によってはとんでもなくおもしろいものになる。それを見極めるのは、自分の体の中の豊かさです。」と、述べていました。

私たちの周りを見ると、マイナスと思われるようなことが少なくありません。日本のキリスト教会の現実を表現する際、ほとんどの人は、教会員の高齢化、CSの生徒数、若者や献身者数の減少などをマイナスと見るでしょう。一方、教会が中心となって老人ホームやチャーチスクール、聖書学校などを運営している例は、現実を可能性と見る所からスタートしています。イエスさまの眼差しでこの現実を見て、そこを出発点としていく時、「とんでもなくおもしろくなる」可能性に気づくのかもしれません。

元気が無いと言われて久しいクリスチャンの若者たちの姿も、確かにマイナスに見えるでしょう。時には彼らとの溝を感じたり、歯がゆくさえ感じるかも知れません。宗教学者の伊藤雅之氏は「宗教・教団に不信感を持つ人が増えた今の日本では、漫画、サッカーへの熱狂、インターネットなどに宗教性が表出している。」と述べています。この不信感は確かにマイナスでしょうが、私たちに出発点を示してくれています。イエスさまからいただく「自分の体の中の豊かさ」で感じ取り、そしてイエスさまの目でマイナスと思われる現実を見極めていったら、漫画、サッカー、インターネットにも福音との接点を見いだしていく事は可能です。これらを、窓口、媒体、手段と見ていくこともできると思うのです。

日本ウィクリフに万能の処方箋があるわけではありませんが、若者たちを知ろうという姿勢と、元気になって欲しいという願いは忘れずにいたいものです。彼らが自分の中にある可能性に目を向ける手助けができたらとも思います。「イエスさまと若者の絆が強められるために何とかしたい。」という情熱を持って、これからも若者たちに関わっていきたいと思います。ウィクリフの「豊かさ」が、これからもイエスさまから来ますように。

聖書ほんやく3月号