ドキュメント

インドネシアにおける主のお働きから学ぶ、福田崇、2002.9

国民の20%がクリスチャンに

インドネシアは、1602年から350年にわたりオランダの植民地支配を受けてきました。オランダ改革派教会の伝道による教会は、400年の歴史を重ねています。日本による占領の後、1945年に独立を果たしました。唯一神の信仰が国家理念に入っています。現在、キリスト教人口は、国民の20%ほどと言われています。人口が2億人ほどですから、クリスチャンは4千万人なります。地域教会が5万ほどあります。近代においては、60年代の東チモール、70年代の東ジャワと中央ジャワ、80年代には他の主要都市におけるリバイバルを経験してきました。40年前には、130万人であった福音派が現在では1150万人です。

困難の中、共に祈るようになった教会

90年代に入り、主要な宗教による締め付けが厳しくなってきました。そのような中で、90年代初めからとりなしの祈りの動きがスタートしました。祈っている人々は、「困難な時期を通過するが、気落ちせずに祈り続けるように。」と言う主からの示し、励ましを頂いて、祈り続けてきました。実際に、アジア経済危機、政治的な危機、宗教的な対立と困難がやって来ました。困難の中で、教会がともに祈るようになりました。うめきの祈り、嘆きの祈り、涙の祈りの中で一致と協力をもって祈ってきました。ある人たちはプレイヤー・ウオークをする人々もいました。お互いを尊敬し、立場は違うが、お互いの言うことを聞く努力をしてきました。全国で220ほどの都市に牧師たちによる祈りのグループが存在します。都市の祈りのネットワークができています。NCC系の牧師、福音同盟系の牧師、ペンテコステ系の牧師が一緒に涙のうめきの祈りをしてきています。お互いのため、地域のため、インドネシアのために祈ってきました。

聖められ、整えられる教会

放送伝道、青少年伝道、文書伝道などそれぞれに多くの団体がありましたが、ばらばらでした。現在ネットワークができできました。ここ数年で数百の教会が焼かれましたが,ますます祈るようになりました。最近インドネシア内の福音の届いていない部族のリストが出来ました。これを見て、インドネシアのクリスチャンはびっくりします。ある人たちは泣いてしまいます。127部族も教会のない、信者のいない、聖書のない部族があるとは知らなかった、と。教会が,聖められ、整えられてきています。カトリックも含めた,キリスト教全体として政府に要望したり、諸宗教、諸文化が共存し平和に暮らせる新しいインドネシアの構想を打ち出そうとしています。

日本の教会への挑戦

日本の教会として,これらの兄弟達の苦しみ,祈りにあまりにも無知・無関心であったと言えるでしょう。あるインドネシアの教会指導者は次のように述べています。「神の世界におけるお働きの一部としてインドネシアがある。私たちはインドネシアのクリスチャンとして、インドネシアにおける主のお働きに用いられているが、世界のクリスチャンがインドネシアにおける主のお働きに加わるように、謙遜に呼びかける。」日本に置かれている教会は、現在の危機的な状況を前に、共に祈り、整えられるべきではないでしょうか。