ドキュメント

マルクス経済学から、橋本一雄

卒業後、献身者として歩むこと を決めていた大学4年の終り頃、 母教会の牧帥から一枚のパンフレ ットを手渡されました。それはウ イクリフ聖書翻訳協会の”二千の ことばが待っている”でした。無 文字の社会に住みつつ訳している 人々が現に存在していることをこ のパンフレットを通して知った時、 大いなる響きを心の中に覚えまし た。と同時に"もし自分も許され れば、この様な素晴らしい働きにつ きたい"と思う願いもこの時に与 えられました。このことは私がウ イクリフの働きに興味を持ちはじ めた最初の、又直接の動機であっ たと思います。

実は、私は大学時代マルクス経 済学の立場で"南北間題"につい て学んでいました。どうしてこの 地球には貧しい南の国々や富ん だ北の国口があるのだろうか、そ の原因は!その解決策は!と 知らず知らずの中に、私の心の中 では経済的に貧しい国々の立場で、 又支配、搾取されている人々の立 場でこの問題を考えるようになっ ていました。私自身、子供の頃け んかなど弱かったこともあり、や はり弱い人々のことが気になるの でしょうか。

この大学時代に私は一人の婦人 宣教師に出合いました。マルクス 経済学を学ぶ反面、この宣教師に 約3年間、祈り導かれ大学4年の 春に洗礼を受けました。この婦人 宣教師は忍耐強くこの様な者を導 いて下さいました。又、この宣教 師は私の国、人々を心から愛して いる人です。私はこの宣教師の故 に献身し、宣教師になって他の国 の人々にも福音を伝えたいと強く 思うようになりました。今、パプ ア・ニューギニアにいる私達のた めにも祈っていて下さいます。

又、最後に私の父のことについ て触れたいと思います。私の父は 17歳の時に志願兵としてニュー ブリテン島のラバウルに約3年い たことがあります。私が小さかっ た頃、よくこの戦争の話をしてく れました。戦争の時の楽しい思い 出や苦しかったこと、又、戦争の 悲惨さ等よく涙をもって語ってく れました。今、考えますと、この 父の影響で支配される側、又今ま で支配されてきた人々のために何 かしたいと思うようになったのだ と思います。

パプア・ニューギニアに来て約 半年が過ぎましたが、宣教師とし て、又聖書翻訳の宣教師として遣 わされたことを心から主に感謝し ております。昨年、ニューブリテ ン島に住んだ時、一人の老人が私 達のところに訪ねてきて下さいま した。この人は戦争中、ラバウル で私の父の下で働いていた人です が、私のところに来るや、日本語 で戦争の歌を歌い出しました。私 はこの人を見ながら、申し訳ない 気持ちで一杯になりました。十分 な働きができるかどうかわかりま せんが、一日本人の宣教帥として 喜んでこの国の人々のため、又主 のために労したく思っております。