ドキュメント

水をぶどう酒に、グエン・ギブスン、1984.3

1981年7月11日。私たちの生涯で最も失望の大きかった日。 それもカニテ語(パプアニューギニア)新約聖書献呈式の日です。 人々が集まり、聖書を買った人も何人かはいたものの感謝や熱意が少しもみられなかったのです。

−なぜですか、主よ! −私の時はまだ来ていません。

水くみ

ヨハネ伝第2章に、ガリラヤのカナで行われた婚礼の場面が でています。マリヤがイエス様に言いました。 「ぶどう酒がありません」 イエス様は答えて、 「村人よ、なぜ私をまきこむのですか。私の時はまだ来てい ないのに」 そして従順なしもべに言われました。 「かめに水をいっぱい入れなさい」 それでしもべは水がめを縁までいっぱいにしました。 20年以上も私たちはかめに水をいっぱい入れる従順なしもべ になるよう努めてきました。時にはほんのひとしずくしか入 れていないようにおもえることも‥。小さな村に住み、こ とばを覚え、文化を学び.大勢の人とも親しくなりました。 言語の音声体系や文法を記録し、分析もつみ重ねました。読 み書き教育にたずさわり、地域開発に力を入れました。翻訳 しながらあかしにも励みました。けれども全くといっていい はど成果がみられなかったのです。新約聖書の献呈式後、も うひと押し読み書き教育と地域開発を進めてみようとしまし たが、人々の関心が薄くて失敗に終りました。

−なぜですか。主よ!! −私の時はまだ来ていません。

新しい水くみ

山を2つ越えたところに、聖書翻訳を必要としている言語が ありました。でもまた、同じような失望感を味わうのでしょ うか。そこで働く宣教師は、この人たち(イノケ・ヤテ族) は他に比べられない程伝道しにくい、というけれど。

1982年2月。その言語と翻訳必要状況を調査するために6週間そこにはいってみました。 現地人の指導体制のもとに、3つの宣教団がはいっていて、大いに歓迎してくださいました。 ある教会の指導者がこう言いました。「もう何年も、神様の本を訳してくれる人が来 てくれないかと祈ってきたが、とうとう神様の霊があなた方をつかわしてくださった」 別の人が、「神様の考えをあらわすには、やっぱりわしらのことばが一番だ。 英語もピジン英語もだめだな。わしらが神様のことばを聞けるように、ぜひ訳してもらいたい」

そして村のクリスチャンは、 「読み方を教えてもらえさえすれば、自分たちで神様のことばが読めるんですが・・・。 その後9ヶ月の間に150ページほどの聖書の部分訳をつくり、 10の村から集まった20名の人たちを対象に、読み書きと地域 開発の面での訓練会をもちました。この20名に400人以上の 「生徒」がつき、その大部分が成人で、めざましいはやさで 読み方を覚えていきました。クラスを巡回していくと、多く の人がこう語っていました。

「よく聞き、わかる耳を下さるようにと毎日祈ってきました。 そうすれば、早く覚えられるし、あなたがたに訳してもらう そばから、神様のことばが読めるわけです」 さらに12の村が、自分たちのところでも読み書きクラスをは じめたいから、仲間を訓練してほしいと申し出てきました。 我々も神のことばを自分たちで読みたいというのです。

なぜこんなにも違いがあるのでしょうか。私たち2人は変ら ないのに、方法も教材も同じ 村の人たちの文化にも違いは ないのに・ただ一つ、カニテ族はイエス様に「水をぶどう酒 に変えて」いただこうとしませんでした。逆に、イノケ・ヤ テ族はもう何年も誰かがかめに水を満たしていました。そし て今、ぶどう酒にかえていただいたのです。私たちからみれ ば、「あなたは良いぷどう酒を今までとっておいたのですね」 (ヨハネ2・10)というわけです。

「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と万 軍の主は仰せられる。(ゼカリヤ書4・6)