ドキュメント

もう戦うのがいやだ!、オーストラリア事務局、1984.7

「あんたが来てから、もうみんなと戦うのがいやになったよ。もどってきてくれ、ここに住んでくれ!」 イリアンジャヤ(インドネシア)に住むファユー族の酋長が熱心にたのみこむのだった。

ジャングルの奥地でもあるし、危険もあったが、クラウス・ピーター=クグラーは戻ってこようと思った。 それが神の導きだと納得できるしるしがいくつもあったからだ。 当時は(1980年)まだファユー族間の戦闘は終っていなかった。 しかしそれから目をみはるような変化がおきたのである。

クグラー一家がドイツからイリアンジャヤに飛んだのは1978年4月23日だった。 くしくもクリスチャン・アンド・ミッショナリー・アライアンス宣教団の調査隊がファユー族とはじめて接触したのも同じ日だった。 ファユー族はそれまで知られていなかった。居住地があまりにも奥地だったので、地図には何も記されてなく、 「地理に関する情報不完全」と記入されているだけだった。 未探険のため、地図のつくりようもなかったわけである。

神の力があらわれる

アライアンス宣教団の依頼をうけて、聖書翻訳の必要度をさぐるためクラウスはさらにファユー族との会見を試みた。 アライアンスの宣教師と2人のダニ族(通訳)といっしょにカヌーで上ること4時間、あたりに小道ひとつ見つからなかった。

帰路は無惨なもので、雷雨にまきこまれそうになった。そこで事態を一変してしまう事件がおこったのだ。 ヘリコプターを待っている問に、一行の一人が猛毒蛇にかまれてしまったのだが、祈りによって命をとりとめたのである。 この奇跡を通して神のおそるべき力があきらかになり、 続く一連の奇跡とおどろくべき出来事のおかげでファユー族と近隣の部族は神がどのようなお方か(特に神のカに関して)をはっきり知るようになったのである。

ある晩のこと、夜中の3時だったが、クラウスは近くの河につないでおいたボートの音で目がさめた。あ ちこちにゆれ動いている様子だ。ファユー地区は奥地なので、小型飛行機用の簡易滑走路のある所まで下るには、 このボートだけが頼みの綱なのである。(家族はその頃SIL(ウィクリフの現地姉妹団体)の翻訳センターがあるダナウビラにいた。) 暗やみに目をならしてから調べることにした。ポートは家からほ見えない。 懐中電灯をとると、戸口にむかったが、アッと立ちすくんでしまった。3メートルをこえる毒蛇がゆかにいる。 背すじがゾッとした。ナタは蛇のむこう側なのだ。 祈りながらジリジリと進み、大きなナタをつかむと蛇を切りつけた。 ボー卜をしっかり固定してからベッドにもどったクラウスの心は主の守りのゆえに感謝と賛美であふれていた。 問一髪のところで目がさめたのである。

フアユー地区ではよく人が大蛇にやられる。足をかみつかれて村にかつぎこまれてきた少女の詰もある。 彼女は痛みと確実におとずれる死の恐怖で泣いていた。みんな彼女を囲んでなんとか助けようとしていた。 クラウスがみていると一人の男が話しかけてきた。クラウスはこう語る。

「私にはよく理解できなかったのですが、彼がイエス様の名前を言っていることに気がつきました。 私に祈ってくれというのです。それでマルコ福音書16・18に従って、彼女の足に手をおいていやされるように祈りました。 次の日、彼女は恐れも痛みもまったくなくなって、うれしそうにとびまわっていましたよ。イエス様の名前を崇えます」

戦闘がへる

フアユー族は半遊牧民で、4つのグループに分かれていて、戦闘だけが唯一の相互接触である。 クグラー夫妻は2つのグループの境界線に家を建ててほしいといわれた。 後でわかったのだが、そこは戦いがくりひろげられる場所だった。 家のまわりでは戦闘が絶えなかった。 両方のグループから出るケガ人の手当てをしたり、祈ったり、遂には「もうそこを去る」とまで言っておどしたりした結果、 戦いがだんだん少なくなっていった。

「あんたがここにいてくれるおかげで、平和がやってくるってもんだ」 とひとりの首長がいった。

盗みがへる

盗難もひんばんにあったが、夫妻は主の導きによりルカ福音書6・29の原則を文字どおり実践した。 「上着を奪い取る者には下着をも拒んではならない」

たとえば、ぬすみにはいった男に対してクラウスは、ひたいをこすりあわせる土地独特のあいさつをして赦してやり、 ナイフを一本あげた。子供がワニの肉をぬすんだ時にもゆるしてやって、肉をもうひときれあげた。 これにはフアユー族も面くらってしまったが、盗難はめだって減ったし、みんな盗んだものを返すようになったのである。 「愛の律法が土地のおきてをつらぬき、みんな変ってきましたね」とクラウスは語る。 

言語習得は続く

夫妻が聖書を翻訳しはじめるようになるには、まだまだ言語習得と分析を重ねなければならない。 単語を一語一語覚えていくのに、通訳をまじえない、全くのモノリンガル方式をとっている。 ここのことばは音調言語(多くのことばの意味のちがいがちょっとした音調のちがいでなされる)なので、 ヨーロッパ人には大変むずかしい言語だ。しかし信仰と忍耐をもって、夫蒙は少しづつ流暢(りゅうちょう)になってきた。 クグラー夫妻及びフアユー族の中で救われる人たちのために主の守りがあることを、 そして信仰の種が植えつけられていることを感謝しつつ、夫妻がフアユー族に神の愛を伝えることができるように祈っていきたい。