はじめに

ようこそ日本ウィクリフのWebサイトへ

写真:朝焼け このページではウィクリフの歴史と現在の体制、また日本ウィクリフの働きについて紹介しています。

ウィクリフの歴史

写真:タウンゼント夫妻。 アメリカに生まれたウィリアム・キャメロン・タウンゼント(1896-1982)は、21才で中央アメリカへ渡り、スペイン語聖書を使った伝道を始めました。 しかし、そのスペイン語を多くの人々が理解できないと知ると、 カチケル族の村に移り住んで、共に暮らしながら、その言語の習得を開始しました。 1926年、ついに複雑なカチケル語のアルファベットを制定し、文法構造の解明を果たしました。 その結果、新約聖書の翻訳(ドラフト)が完成しました。

写真:1936年のキャンプ・ウィクリフ記念写真。 他の少数民族で働く人を訓練しようと考えたタウンゼントは、1934年の夏、夏期言語学講座「キャンプ・ウィクリフ」を開催しました。 英語へ聖書を翻訳したことで知られるジョン・ウィクリフ(1329-1384)の名を冠したこのキャンプの、最初の参加者は2名でした。 そして翌年、訓練した5名を中心に、共にメキシコへ渡り聖書翻訳を開始しました。

写真:ケネス・パイク。 働きが徐々に拡大する中、1942年、ウィクリフ聖書翻訳協会(WBTが組織されました。 この設立メンバーにはタウンゼントのほか、後に世界聖書連盟協会で指導的立場を務めることになるユージン・ナイダや、 国際言語学界で第一人者となり度々ノーベル賞にノミネートされた、ケネス・パイク(1912-2000)がいました。 このパイクは1935年のキャンプ・ウィクリフの参加者でもありました。

写真:無線サービスを行う技師。 タウンゼントは1948年、各地での働き場所の多くが都市から離れた遠隔地であったため、 航空機輸送や無線などによって支える必要を感じ、JARRSを設立しました。 そして、まずペルーでそのサービスが開始されました。

1951年、ウィクリフとしての最初の聖書翻訳が完成しました。 その後、働き場はフィリピンやアジアの諸国、大洋州の諸国、アフリカ諸国やユーラシアの諸国へも広がり、 派遣国もオーストラリア、ニュージーランド、ヨーロッパ諸国へと増えていきました。 27年後の1978年には100番目の翻訳が、34年後の1985年には200番目、 38年後の1989年には300番目、そして50年後の2001年に500番目の翻訳が完成しました。 しかしまだ2000余の言語に、翻訳された聖書がありません。

日本ウィクリフは1968年、非欧米としてははじめて派遣国に加わり、 これまでにアジア・南米の諸国からは400名ほどのメンバーが参加しています。 また現地では聖書翻訳団体が20ほど形成され、600名ほどが加わっています。

3つのパートナー団体

聖書翻訳宣教のために特に3つの団体が密接な連帯関係を持ちながら活動しています。 各国のウィクリフ聖書翻訳協会(WBTは、 国内の教会に聖書翻訳の現状と働きの必要を伝え、 メンバーのリクルートや諸教会からのメンバー派遣に実務面で奉仕します。 SILはウィクリフのパートナー団体ですが、 言語学の訓練、言語調査、識字教育、翻訳、地域開発などを、現地の政府や大学、各団体と協力して行っています。 JARRSは宣教師が必要とする輸送や無線、 建築やコンピュータなど各種技術的な助けを提供しています。 SILやJAARSのメンバーはそれぞれ母国ではウィクリフのメンバーであり、 ウィクリフからの出向の形で奉仕しています。

画像:SILとJAARSとの関係を表したもの。

他の聖書翻訳を推進する団体との関係

聖書翻訳は教会の働きです。ウィクリフはその一部を担っています。 1804年にイギリスに聖書協会(BFBS)が設立されて以来、 聖書協会は各国に設立され、聖書の翻訳・出版・頒布に力を尽くしてきました。 現在では約130の国々に聖書協会があり、各国聖書協会の連合体として、 1946年に結成された国際聖書協会連盟(UBS)が存在しています。 聖書協会は、教会の要請により翻訳に着手し、また母語の翻訳者が中心となって翻訳を進めています。

国際ウィクリフは、UBSや各国聖書協会と協力関係にあり、 ジョイントのプロジェクトも増えつつあります。 聖書の分冊を出版する団体、聖書の印刷のための資金を提供する団体、 聖書の通読に力を尽くす団体、聖書をカセットテープに録音して頒布する団体など、 多くの団体と協力しています。

また他の宣教団体が聖書翻訳をする場合がありますが、 そのような働き人たちのトレーニングや訓練の機会を提供しています。

日本ウィクリフについて

ミッション(使命)

日本ウィクリフ聖書翻訳協会のミッションは次の5点です。

組織

構成

図:総会と委員会の関係を表したもの。 日本ウィクリフ聖書翻訳協会は、自立・自給の団体です。 国際ウィクリフ聖書翻訳協会の一員として、他の約50ヶ国のウィクリフ聖書翻訳協会と兄弟関係にあります。

日本ウィクリフの構成員はメンバーと委員です。この両者で総会を構成します。 総会の主たる役割は、委員長と総主事の選出です。

委員会は、予算の作成・決算、年度重点目標の策定、長期目標の策定など、 総主事を長とする事務局の働きの大枠を決め、またその働きの報告を受けます。 委員会は年3回開催されています。総会は、2年に一度の開催です。 関西に関西委員会があり、年に2度委員会を持っております。 また、元委員で、引き続き働きに関わっている方々に名誉委員としてご奉仕をお願いしています。

日本ウィクリフ委員会

右近貞子(委員長) キリスト教朝顔教会 会員(日本福音キリスト教会連合)
内村義宣(副委員長)エヴァグリーンチャペル 牧師(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団)
加藤正之(書記)東久留米泉教会 牧師(日本長老教会)
宮井羊一(会計)国分寺バプテスト教会 会員(日本バプテスト教会連合)
中台孝雄西船橋キリスト教会 牧師(日本長老教会)、高校生聖書伝道協会 代表役員
佐藤弘司仙台新生キリスト教会 牧師(日本ルーテル同胞教団)
松浦紀子日本ウィクリフ聖書翻訳協会 メンバー
高田正博日本ウィクリフ聖書翻訳協会 メンバー

日本ウィクリフ関西地区連絡委員会

大村裕康聖約キリスト教団 議長
笠川徹三日本同盟基督教団 国外宣教委員長
妹尾潤子日本福音教会堺福音教会 伝道師
相馬浩 京都クリスチャンフェロシップセンター 牧師
蔦田聡毅イムマヌエル綜合伝道団堺教会 牧師
松沢力男日本ホーリネス教団 海宣局局長
真鍋孝日本メノナイト・ブレザレン教団 福音聖書新学校 校長
高木実キリスト者学生会 関西主事

日本ウィクリフ名誉委員

羽鳥明太平洋放送協会 創立者
増田誉雄御茶ノ水聖書学院 院長、経堂めぐみ教会 牧師
宮村武夫単立聖望キリスト教会 協力牧師
黒川雄三日本長老教会 知多シオン・キリスト教会 牧師
内田和彦日本福音キリスト教会連合 前橋キリスト教会 牧師
北野耕一アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 中央聖書神学校 校長
石川弘司日本同盟基督教団 中野教会 牧師
堀 肇日本伝道福音教団 鶴瀬恵みキリスト教会 牧師

これまでのあゆみ

主な出来事
1965年 福田崇「聖書翻訳」創刊
1966年 日本聖書翻訳協力会発足
1967年 鳥羽季義、メンバーに
1968年 マッキントッシュ師来日
日本委員会、初会合開催、日本ウィクリフ聖書翻訳協会設立
初代委員長に、羽鳥明師
1970年 鳥羽季義・イングリット、南アジアへ
1971年 日本委員会、海外宣教連絡会(JOMA)加入
小栗宏子、メンバーに
1973年 福田崇・愛子、メンバーに
小栗宏子、インドネシアへ
初めての事務職員として、平賀千鶴子
1974年 第2代委員長に、舟喜信師
1975年 虎川清子、メンバーに
真鍋孝・和枝、メンバーに
第1回「夏期言語学講座」(以後、隔年で実施)
1976年 鳥羽季義、初代主事として奉仕開始
創立者のタウンゼンド師来日
福田崇・愛子、フィリピンへ
吉村和利、パプアニューギニアへ短期奉仕
1977年 松村隆・美知子、メンバーに
1978年 石川学・英子、メンバーに
永井康子、メンバーに
手塚勲・スーザン、メンバーに
真鍋孝・和枝、パプアニューギニアへ
事務職員として、岡村孝子(現:田口孝子)
1979年 山見りつ子、メンバーに
橋本一雄・千代子、メンバーに
虎川清子、フィリピンへ
永井康子、オーストラリアでの奉仕開始
1980年 事務所を杉並区浜田山に移転
田口勇新・孝子、メンバーに
事務職員として、佐々木武
1981年 石川学、2代目主事として奉仕開始
手塚勲・スーザン、フィリピンへ
山見りつ子、フィリピンへ
1982年 高田正博・優子、メンバーに
各地で「ミニSIL」を開催
1983年 橋本一雄・千代子、パプアニューギニアへ
大鍔秀樹・正枝、メンバーに
半沢明美、オーストラリアへ短期奉仕
事務職員として、鳥取幸子
1984年 吉川啓子、メンバーに
松村隆・美知子、インドネシアへ
田口勇新・孝子、インドネシアへ
小林貴恵(現:福永貴恵)、フィリピンへ短期奉仕
夏期宣教奉仕チーム、フィリピンへ
1985年 土井彰・圭子、メンバーに
中村孝・矢枝子、メンバーに
高田正博・優子、パプアニューギニアへ
吉川啓子、パプアニューギニアへ
「わかりやすい言語学講座」 
テレフォンサービス開始
1986年 大鍔秀樹・正枝、パプアニューギニアへ
星野仁子、フィリピンへ短期奉仕
日本ウィクリフに自治権認可実行委員会制度開始
1987年 高田正博・優子、インドネシアへ
「異文化コミュニケーション講座」
事務職員として、内田初江
1988年 中村孝・矢枝子、パプアニューギニアへ
日本ウィクリフ初の総会(以後隔年)
1989年 土井彰・圭子、インドネシアへ
平林佐知子、インドネシア及びパプアニューギニアへ短期奉仕
事務職員として、辻本睦恵
1990年 第3代委員長に、広橋嘉信師
森田サムエル、パプアニューギニアへ短期奉仕
「祈りの輪」祈祷会スタート
「フィリピンへ宣教地体験学習旅行」(以後毎年実施)
1991年 和田志乃、パプアニューギニアへ短期奉仕
「世界宣教なんでも話す会」
「世界宣教週間」
1992年 星野仁子、メンバーに
永井敏夫・悦子、メンバーに
伊藤淳子、フィリピンへ短期奉仕
福原さゆり、パプアニューギニアへ短期奉仕
久木田野乃、インドネシアへ短期奉仕
第1回「宣教体験キャンプ」
1993年 久米のぞみ、メンバーに
福永有・貴恵、メンバーに
星野仁子、ユーラシアへ
土井彰・圭子、マレーシアへ
山口佳子、アフリカへ短期奉仕
第1回「ウィクリフデー」
1994年 福田崇、3代目主事として奉仕開始
鳥羽季義・イングリットのプロジェクト言語の新約聖書献書式
平山夫妻、メンバーに
片山進悟・順子、メンバーに
松浦紀子、メンバーに
久米のぞみ、パプアニューギニアへ
永井敏夫・悦子、パプアニューギニアへ
平山夫妻、ユーラシアへ
片山進悟・順子、アメリカへ
伊藤喜代子、香港へ短期奉仕
古谷直子、アフリカへ短期奉仕
福田輝美、インドネシアへ短期奉仕
1995年 林和子、メンバーに
塚田真理子、メンバーに
石川学・英子、アジア地区での奉仕開始 
福永有・貴恵、パプアニューギニアへ
1996年 渋沢憲一・彩子、メンバーに
畝高浩子、メンバーに
松浦紀子、南アジアへ
福田崇、ウィクリフの国際理事として選出
森優子、マレーシア、パプアニューギニアで短期奉仕
第1回「アフリカ宣教地体験学習旅行」
1997年 橋本一雄、召天
宮崎成美、メンバーに
松丸嘉也・美香、メンバーに
畝高浩子、インドネシアへ
林和子、ペルーへ
1998年 三浦早苗、メンバーに
久高ハツ子メンバーに
塚田真理子、インドネシアへ
富岡敦子、パプアニューギニアへ短期奉仕
福田恵子、ユーラシアへ短期奉仕
「ミッションポシブル」OMFと共催
第1回「パプアニューギニア宣教地体験学習旅行」(以降6回まで実施)
事務職員として、松田栄子
会計職員として、森優子
30周年記念集会
1999年 カセビ恭子、メンバーに
渋沢憲一・彩子、バヌアツへ
松丸嘉也・美香、パプアニューギニアへ
事務職員として、中村彩紀
会計職員として、〆木季美枝
長谷部裕子、バヌアツへ短期奉仕
日本ウィクリフ関西委員会スタート
菅真美子、パプアニューギニアへ短期奉仕
2000年 「地域教会のための宣教プログラム」セミナー
「英語宣教キャンプ」
「宣教と賛美の集会」
2001年 兼次宏枝、メンバーに
阿見高洋、バヌアツへ短期奉仕
村岡愛、バヌアツへ短期奉仕
事務職員として、蔦田従恵
第1回「ジャーニー」実施
「宣教ディナー(インド特集)」
2002年 永井敏夫、4代目総主事として奉仕開始
兼次宏枝、パプアニューギニアへ
会計職員として、伊藤千賀子
2003年 35周年記念宣教大会
兼次宏枝、事務局主事として奉仕開始
事務担当として、西村美佐緒
2004年 福田崇、アジア大洋州ウィクリフ総主事に選出
バーリグ語新約聖書献書式(福田夫妻、虎川清子が関わったプロジェクト)
「みっしょんぽっしぶる」(四団体共催)
2005年 事務職員として、竹沢めぐみ
黒川未踏、パプアニューギニアへ短期奉仕
吉川啓子、任地パプアニューギニアで召天
日本人メンバーが従事した、メンデ語(パプアニューギニア)、イシラワ語(東南アジア)の新約聖書献書式
2006年 第4代委員長として、右近貞子
事務所を埼玉県朝霞市に移転
事務職員として、橋本言葉
「バヌアツ宣教地体験旅行」
2007年 事務職員として、東久美子
「異文化宣教セミナー」(関西・関東で実施)
2008年 会計職員として、田中麻紀

信仰基準

日本ウィクリフの信仰基準は、各国ウィクリフの信仰基準ならびに国際ウィクリフの信仰基準と同じです。