ようこそ日本ウィクリフのWebサイトへ
このページではウィクリフの歴史と現在の体制、また日本ウィクリフの働きについて紹介しています。
ごあいさつ
総主事 土井彰
「ビジョン2025に向かって」
アジアで最初にウィクリフ聖書翻訳協会が組織された日本。その日本ウィクリフ聖書翻訳協会は、設立以来40年を越えました。これまでに60名以上の宣教師及び短期奉仕者を送り出してきました。 国際ウィクリフが、「神の恵みによって、2025年までに、聖書翻訳を必要とする全ての言語において、聖書翻訳が始動している」という「ビジョン2025」を掲げてから、2009年で10年になります。2008年の統計によると、現在、世界には、6,909の言語が話されています。この中で、聖書翻訳が必要と思われる言語は、2,393です。「ビジョン2025」を掲げた1999年から2008年までの9年間に、聖書のない言語での聖書翻訳プロジェクトが新たに始まった言語の数は、641です。その中で、ウィクリフが関わったものは、その82パーセントにあたる526言語です。
この9年間に、世界の宣教師派遣の様子もずいぶん変化してきました。アジアやアフリカや中南米の諸国の教会が著しく成長し、多くの宣教師を送り出すようになってきたからです。国際ウィクリフでもこの傾向は顕著です。2008年4月末から5月初めにかけて開かれた国際ウィクリフの総会には、これらの諸国のウィクリフや協力団体の代表者が多く参加しました。会議用語もこれまでは英語のみを使っていましたが、アフリカのフランス語圏から来た代表者達のためにフランス語、中南米からの代表者達のためにスペイン語の同時通訳を用いるようになりました。アジアやアフリカや中南米の諸国からの代表者が多くなっている傾向は、2008年の11月に開かれた国際福音同盟の会議でも顕著でした。日本の諸教会から送り出される宣教師たちも、欧米からの宣教師たちと働くばかりでなく、これらアジア、アフリカ、中南米諸国出身の宣教師たちと協力して働く機会がますます増えてくるでしょう。 国連は、2008年を「国際言語年」と宣言し、世界中で、言語の大切さを訴え、多様性の中での一致を呼びかけています。国際ウィクリフの姉妹団体であるSILインターナショナルは、ユネスコやユニセフの公認の協力団体でもありますが、この機会を捉えて、言語プロジェクトが進行している国々において言語グループのさまざまな必要についての認識が高まるように努めてきました。
国際ウィクリフは、さらに3,000人以上の宣教師達を必要としています。その働きの分野は、聖書翻訳、識字教育(多言語併用教育)のみならず、現地の人々の訓練、コンピューター、会計、音声・映像メディア、言語学、文化人類学、民族音楽学、イラストやデザイン、宣教師子弟の教育、その他多岐に渡っています。多くの分野でチームワークをもって働く人々が求められています。神様の導きに従って、全ての言語での聖書翻訳という目標に向けて、諸聖書関連団体や諸国の教会と協力して働いていくことも必要です。また、その中で、日本ウィクリフも、このような働きの場へ、さらに多くの宣教師達を送り出していくことが必要です。日本の諸教会のよりいっそうの参加とご協力を期待しています。
ウィクリフの歴史
アメリカに生まれたウィリアム・キャメロン・タウンゼント(1896-1982)は、スペイン語聖書を販売しようと1917-1918年グァテマラへ渡り、そこで彼が出会ったほとんどの人がスペイン語を理解していない上に、彼らが話しているカクチケル語には書き言葉がないことを発見しました。「あんたの言う神は、スペイン語しか話せないのか」その言葉に衝撃を受けたタウンゼントはスペイン語の聖書を売ることをあきらめ、カクチケル族の村に移り住んで、共に暮らしながら、その言語の習得を開始しました。
1926年、ついに複雑なカクチケル語のアルファベットを制定し、文法構造の解明を果たしました。
その結果、新約聖書の翻訳(ドラフト)が完成しました。
他の少数民族で働く人を訓練しようと考えたタウンゼントは、1934年の夏、夏期言語学講座「キャンプ・ウィクリフ」を開催しました。
英語へ聖書を翻訳したことで知られるジョン・ウィクリフ(1329-1384)の名を冠したこのキャンプの、最初の参加者は2名でした。
そして翌年、訓練した5名を中心に、共にメキシコへ渡り聖書翻訳を開始しました。
働きが徐々に拡大する中、1942年、ウィクリフ聖書翻訳協会(WBT)が組織されました。
この設立メンバーにはタウンゼントのほか、後に世界聖書連盟協会で指導的立場を務めることになるユージン・ナイダや、
国際言語学界で第一人者となり度々ノーベル賞にノミネートされた、ケネス・パイク(1912-2000)がいました。
このパイクは1935年のキャンプ・ウィクリフの参加者でもありました。
タウンゼントは1948年、各地での働き場所の多くが都市から離れた遠隔地であったため、
航空機輸送や無線などによって支える必要を感じ、JARRSを設立しました。
そして、まずペルーでそのサービスが開始されました。
1951年、ウィクリフとしての最初の聖書翻訳が完成しました。 その後、働き場はフィリピンやアジアの諸国、大洋州の諸国、アフリカ諸国やユーラシアの諸国へも広がり、 派遣国もオーストラリア、ニュージーランド、ヨーロッパ諸国へと増えていきました。 27年後の1978年には100番目の翻訳が、34年後の1985年には200番目、 38年後の1989年には300番目、そして50年後の2001年に500番目の翻訳が完成しました。 しかしまだ2000余の言語に、翻訳された聖書がありません。
日本ウィクリフ聖書翻訳協会は、1968年、非欧米としてははじめて派遣国に加わりました。 これまでにアジア・南米の諸国からは400名ほどのメンバーが参加しています。 また現地では聖書翻訳団体が20ほど形成され、600名ほどが加わっています。
パートナー団体
聖書翻訳宣教のために特に3つの団体が密接な連帯関係を持ちながら活動しています。 各国のウィクリフ聖書翻訳協会(WBT)は、 国内の教会に聖書翻訳の現状と働きの必要を伝え、 諸教会からのメンバー派遣に実務面で奉仕します。 SILはウィクリフのパートナー団体ですが、 言語学の訓練、言語調査、識字教育、聖書を用いる働き、翻訳、地域開発、トレーニング、様々な分野の翻訳支援の働きなどを、現地の政府や大学、各団体と協力して行っています。 JARRSは宣教師が必要とする輸送や無線、 建築やコンピュータなど各種技術的な助けを提供しています。 SILやJAARSのメンバーはそれぞれ母国ではウィクリフのメンバーであり、 ウィクリフから出向の形で奉仕しています。
他の聖書翻訳を推進する団体との関係
聖書翻訳宣教は教会の働きです。ウィクリフはその一部を担っています。 1804年にイギリスに聖書協会(BFBS)が設立されて以来、 聖書協会は各国に設立され、聖書の翻訳・出版・頒布に力を尽くしてきました。 現在では145の国々に聖書協会があり、各国聖書協会の連合体として、 1946年に結成された国際聖書協会連盟(UBS)に加盟しています。 聖書協会は、教会の要請により翻訳に着手し、また母語の翻訳者が中心となって翻訳を進めています。
ウィクリフは、UBSや各国聖書協会と協力関係にあり、 ジョイントのプロジェクトも増えつつあります。 聖書の分冊を出版する団体、聖書の印刷のための資金を提供する団体、 聖書の通読に力を尽くす団体、聖書をカセットテープに録音して頒布する団体など、 多くの団体と協力しています。
また他の宣教団体が聖書翻訳をする場合がありますが、 ウィクリフはそのような働き人たちのトレーニングや訓練の機会を提供しています。
日本ウィクリフについて
ミッション(使命)
日本ウィクリフ聖書翻訳協会のミッションは次の5点です。
- 聖書翻訳を推進する:母語での聖書翻訳を推し進め、識字教育などを通して、聖書が人々に読まれるように働きます。
- 日本の教会に仕える:私たちに与えられてきた経験を活かし、日本の教会がキリストの福音を携えて全世界に出て行くことができるように働きかけます。
- 現地の教会に仕える:母語で聖書を翻訳することを通して、宣教地の教会に仕えます。識字教育、母語でのビデオやテープの製作等(VSM)、聖書の学びのプログラムを通して、みことばによる成長を助けます。
- 他団体と共に仕える:他の宣教団体、青年伝道団体とのパートナーシップを築き、世界宣教のために共に仕えていきます。
- ウィクリフ・ファミリーで奉仕する:各国のウィクリフ聖書翻訳協会及び国際ウィクリフ同盟、SILインターナショナル(国際言語研究協会)、ジャーズ(JAARS:専門技術支援団体)などと協力し、奉仕しています。
- 主の証人として生きる:神の御心に従って歩み、御言葉に耳を傾け、キリストの愛を証ししていきます。
組織
構成
日本ウィクリフ聖書翻訳協会は、自立・自給の団体です。 国際ウィクリフ聖書翻訳協会の一員として、他の約50ヶ国のウィクリフ聖書翻訳協会と兄弟関係にあります。
日本ウィクリフの構成員はメンバーと委員です。この両者で総会を構成します。
委員会は、予算の作成・決算、年度重点目標の策定、長期目標の策定など、 総主事を長とする事務局の働きを承認し、またその働きの報告を受けます。 委員会は年3回開催されています。総会は、2年に一度の開催です。 関西に関西連絡委員会があり、年に2度委員会を持っております。
日本ウィクリフ委員会
| 大村裕康(委員長) | 倉敷聖約キリスト教会 牧師(日本聖約キリスト教団) |
| 内村義宣(副委員長) | エヴァグリーンチャペル 牧師(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団) |
| 加藤正之(書記) | 東久留米泉教会 牧師(日本長老教会) |
| 宮井羊一(会計) | 国分寺バプテスト教会 会員(日本バプテスト教会連合) |
| 中臺孝雄 | 西船橋キリスト教会 牧師(日本長老教会)、高校生聖書伝道協会 代表役員 |
| 金田与施夫 | 新屋キリスト教会 牧師(日本ルーテル同胞教団) |
| 高尾浩史 | 草加福音自由教会 牧師(日本福音自由教会協議会) |
| 真鍋孝 | 日本メノナイト・ブレザレン教団 福音聖書神学校 校長 |
| 松浦紀子 | 日本ウィクリフ聖書翻訳協会 メンバー |
| 高田正博 | 日本ウィクリフ聖書翻訳協会 メンバー |
日本ウィクリフ関西地区連絡委員会
| 大村裕康 | 倉敷聖約キリスト教会 牧師(日本聖約キリスト教団) |
| 笠川徹三 | 日本同盟基督教団 国外宣教委員長 |
| 妹尾潤子 | 日本福音教会堺福音教会 伝道師 |
| 相馬浩 | 京都クリスチャンフェロシップセンター 牧師 |
| 蔦田聡毅 | イムマヌエル綜合伝道団堺教会 牧師 |
| 松沢力男 | 日本ホーリネス教団 海宣局局長 |
| 真鍋孝 | 日本メノナイト・ブレザレン教団 福音聖書神学校 校長 |
| 高木実 | キリスト者学生会 関西主事 |
日本ウィクリフ名誉委員
| 羽鳥明 | 太平洋放送協会 創立者 |
| 宮村武夫 | 単立聖望キリスト教会 協力牧師 |
| 黒川雄三 | 日本長老教会 知多シオン・キリスト教会 牧師 |
| 内田和彦 | 日本福音キリスト教会連合 前橋キリスト教会 牧師 |
| 北野耕一 | アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 中央聖書神学校 校長 |
| 石川弘司 | 日本同盟基督教団 中野教会 牧師 |
| 堀 肇 | 日本伝道福音教団 鶴瀬恵みキリスト教会 牧師 |
これまでのあゆみ
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1965年 | 福田崇「聖書翻訳」創刊 |
| 1966年 | 日本聖書翻訳協力会発足 |
| 1967年 | 鳥羽季義、メンバーに |
| 1968年 |
マッキントッシュ師来日 日本委員会、初会合開催、日本ウィクリフ聖書翻訳協会設立 初代委員長に、羽鳥明師 |
| 1970年 | 鳥羽季義・イングリット、南アジアへ |
| 1971年 |
日本委員会、海外宣教連絡会(JOMA)加入 小栗宏子、メンバーに |
| 1973年 |
福田崇・愛子、メンバーに 小栗宏子、インドネシアへ 初めての事務職員として、平賀千鶴子 |
| 1974年 | 第2代委員長に、舟喜信師 |
| 1975年 |
虎川清子、メンバーに 真鍋孝・和枝、メンバーに 第1回「夏期言語学講座」(以後、隔年で実施) |
| 1976年 |
鳥羽季義、初代主事として奉仕開始 創立者のタウンゼント師来日 福田崇・愛子、フィリピンへ 吉村和利、パプアニューギニアへ短期奉仕 |
| 1977年 | 松村隆・美知子、メンバーに |
| 1978年 |
石川学・英子、メンバーに 永井康子、メンバーに 手塚勲・スーザン、メンバーに 真鍋孝・和枝、パプアニューギニアへ 事務職員として、岡村孝子(現:田口孝子) |
| 1979年 |
山見りつ子、メンバーに 橋本一雄・千代子、メンバーに 虎川清子、フィリピンへ 永井康子、オーストラリアでの奉仕開始 |
| 1980年 |
事務所を杉並区浜田山に移転 田口勇新・孝子、メンバーに 事務職員として、佐々木武 |
| 1981年 |
石川学、2代目主事として奉仕開始 手塚勲・スーザン、フィリピンへ 山見りつ子、フィリピンへ |
| 1982年 |
高田正博・優子、メンバーに 各地で「ミニSIL」を開催 |
| 1983年 |
橋本一雄・千代子、パプアニューギニアへ 大鍔秀樹・正枝、メンバーに 半沢明美、オーストラリアへ短期奉仕 事務職員として、鳥取幸子 |
| 1984年 |
吉川啓子、メンバーに 松村隆・美知子、インドネシアへ 田口勇新・孝子、インドネシアへ 小林貴恵(現:福永貴恵)、フィリピンへ短期奉仕 夏期宣教奉仕チーム、フィリピンへ |
| 1985年 |
土井彰・圭子、メンバーに 中村孝・矢枝子、メンバーに 高田正博・優子、パプアニューギニアへ 吉川啓子、パプアニューギニアへ 「わかりやすい言語学講座」 テレフォンサービス開始 |
| 1986年 |
大鍔秀樹・正枝、パプアニューギニアへ 星野仁子、フィリピンへ短期奉仕 日本ウィクリフに自治権認可実行委員会制度開始 |
| 1987年 |
高田正博・優子、インドネシアへ 「異文化コミュニケーション講座」 事務職員として、内田初江 |
| 1988年 |
中村孝・矢枝子、パプアニューギニアへ 日本ウィクリフ初の総会(以後隔年) |
| 1989年 |
土井彰・圭子、インドネシアへ 平林佐知子、インドネシア及びパプアニューギニアへ短期奉仕 事務職員として、辻本睦恵 |
| 1990年 |
第3代委員長に、広橋嘉信師 森田サムエル、パプアニューギニアへ短期奉仕 「祈りの輪」祈祷会スタート 「フィリピンへ宣教地体験学習旅行」(以後毎年実施) |
| 1991年 |
和田志乃、パプアニューギニアへ短期奉仕 「世界宣教なんでも話す会」 「世界宣教週間」 |
| 1992年 |
星野仁子、メンバーに 永井敏夫・悦子、メンバーに 伊藤淳子、フィリピンへ短期奉仕 福原さゆり、パプアニューギニアへ短期奉仕 久木田野乃、インドネシアへ短期奉仕 第1回「宣教体験キャンプ」 |
| 1993年 |
久米のぞみ、メンバーに 福永有・貴恵、メンバーに 星野仁子、ユーラシアへ 土井彰・圭子、マレーシアへ 山口佳子、アフリカへ短期奉仕 第1回「ウィクリフデー」 |
| 1994年 |
福田崇、3代目主事として奉仕開始 鳥羽季義・イングリットのプロジェクト言語の新約聖書献書式 平山夫妻、メンバーに 片山進悟・順子、メンバーに 松浦紀子、メンバーに 久米のぞみ、パプアニューギニアへ 永井敏夫・悦子、パプアニューギニアへ 平山夫妻、ユーラシアへ 片山進悟・順子、アメリカへ 伊藤喜代子、香港へ短期奉仕 古谷直子、アフリカへ短期奉仕 福田輝美、インドネシアへ短期奉仕 |
| 1995年 |
林和子、メンバーに 塚田真理子、メンバーに 石川学・英子、アジア地区での奉仕開始 福永有・貴恵、パプアニューギニアへ |
| 1996年 |
渋沢憲一・彩子、メンバーに 畝高浩子、メンバーに 松浦紀子、南アジアへ 福田崇、ウィクリフの国際理事として選出 森優子、マレーシア、パプアニューギニアで短期奉仕 第1回「アフリカ宣教地体験学習旅行」 |
| 1997年 |
橋本一雄、召天 宮崎成美、メンバーに 松丸嘉也・美香、メンバーに 畝高浩子、インドネシアへ 林和子、ペルーへ |
| 1998年 |
三浦早苗、メンバーに 久高ハツ子メンバーに 塚田真理子、インドネシアへ 富岡敦子、パプアニューギニアへ短期奉仕 福田恵子、ユーラシアへ短期奉仕 「ミッションポシブル」OMFと共催 第1回「パプアニューギニア宣教地体験学習旅行」(以降6回まで実施) 事務職員として、松田栄子 会計職員として、森優子 30周年記念集会 |
| 1999年 |
カセビ恭子、メンバーに 渋沢憲一・彩子、バヌアツへ 松丸嘉也・美香、パプアニューギニアへ 事務職員として、中村彩紀 会計職員として、〆木季美枝 長谷部裕子、バヌアツへ短期奉仕 日本ウィクリフ関西委員会スタート 菅真美子、パプアニューギニアへ短期奉仕 |
| 2000年 |
「地域教会のための宣教プログラム」セミナー 「英語宣教キャンプ」 「宣教と賛美の集会」 |
| 2001年 |
兼次宏枝、メンバーに 阿見高洋、バヌアツへ短期奉仕 村岡愛、バヌアツへ短期奉仕 事務職員として、蔦田従恵 第1回「ジャーニー」実施 「宣教ディナー(インド特集)」 |
| 2002年 |
永井敏夫、4代目総主事として奉仕開始 兼次宏枝、パプアニューギニアへ 会計職員として、伊藤千賀子 |
| 2003年 |
35周年記念宣教大会 兼次宏枝、事務局主事として奉仕開始 事務担当として、西村美佐緒 |
| 2004年 |
福田崇、アジア大洋州ウィクリフ総主事に選出 バーリグ語新約聖書献書式(福田夫妻、虎川清子が関わったプロジェクト) 「みっしょんぽっしぶる」(四団体共催) |
| 2005年 |
事務職員として、竹沢めぐみ 黒川未踏、パプアニューギニアへ短期奉仕 吉川啓子、任地パプアニューギニアで召天 日本人メンバーが従事した、メンデ語(パプアニューギニア)、イシラワ語(東南アジア)の新約聖書献書式 |
| 2006年 |
第4代委員長として、右近貞子 事務所を埼玉県朝霞市に移転 事務職員として、橋本言葉 「バヌアツ宣教地体験旅行」 |
| 2007年 |
土井彰、副総主事として奉仕開始 土井彰、人事担当主事として奉仕開始 土井圭子、メンバーケア担当主事として奉仕開始 庶務職員として、東久美子 「異文化宣教セミナー」関西・関東で実施 |
| 2008年 |
土井彰、総主事代行として奉仕開始 第5代委員長として、内村義宣師 土井彰、5代目総主事として奉仕開始 会計職員として、田中麻紀 1月フォローアップ集会「ウィクリフ・カフェ」を開始 7月「異文化宣教セミナー」西日本入門コース、9月「異文化宣教セミナー」東日本入門・実践コースを開始 |
| 2009年 |
庶務職員として、北国光 阿部紀美子、メンバーに 11月フォローアップ集会「ウィクリフ・カフェ関西」を開始 |
| 2010年 |
阿部紀美子、南アジアへ 第6代委員長として、大村裕康師 |
信仰基準
日本ウィクリフの信仰基準は、国際ウィクリフの信仰基準と同じです。
- 旧新約聖書の原典における霊感と権威
- 三位一体の神
- 人間の創造と堕落
- 新生の必要
- キリストの代償的贖罪
- 信仰義認
- 義人と悪人の体の復活
- 最後の審判(救われた者の永遠の命と失われた者の永遠のさばき)
